ジープニー・ストライキで思いがけない4連休に右往左往 2017年10月19日


10月16日(月)早朝、下記の懸案事項を片付けなければならないと張り切っていた。

①退職者からのとっくに届くはずの急ぎの郵便物が届いていないので郵便局に問い合わせ、受け取りに行かなければならない。

②急ぎの書類を日本に発送しなければならない。

③産休明けで戻ってくる銀行支店長に相続のための大量の書類を提出し、残高証明を発行してもらわなければならない。

朝刊を見ると、「きょうジプニースト 全国で休校、市場も閉鎖へ、」と2面に出ている。理由は「排ガス規制や電気自動車化を促進する車両近代化政策廃止を訴え」、とあるが、目を疑ったのが、「政府機関を休業する」、というくだりだ。あわててママ・ジェーンに確認するとその通りで、テレビのニュースでやっていたという。いつも6時には家を出るキアンも学校に行かないでまだ就寝中だ。そうなると、郵便局は、政府機関だから当然休み、さらに銀行もあやしい。この突然のれが時間的制約のある仕事をしている者にとってフィリピンの怖いところだ。

夕方になるとタクシーをつかまえるのが至難の業で、そんな時頼りになるのがジープニーだ

学校はともかく、政府機関も、台風が来ると休み、APECで休み、法王が来ると休み、ストがあると休みと、ことあるごとに予定外の休みになってしまう。職員にとってはジープニーという主要な交通手段が無いということで休みになるのはありがたいだろうが、代替の交通手段もあるはずで、決して出勤できないはずはない。その証拠に民間企業は、休みにするかしないかは、その企業の判断に任されている。ちなみに、キアンの通うドンボスコ・スクールでは、月曜の期末試験の予定を急遽、前の週の土曜に変更して、ピアノのレッスンとぶつかってしまい、てんてこ舞いさせられたが、これで謎が解けた。今週末から期末休みになるので、試験の予定を後ろにずらすことができなかったのだ。いずれにせよ、手の打ちようが無いので、この日はブログを書くなどして時間をつぶした。

ストライキの後、18日(水)、何事もなかったようにジープニーは庶民を乗せて街を走る

そして翌日火曜日(17日)、朝刊を開けると「ジプニースト、きょうも続行」とある。ただ、「休校や休業は行われない」とあるので、安心した。しかし、ママ・ジェーンによると学校も政府機関も休みだという。その証拠にキアンはやはり就寝中だ。それで、一方、①の到着を待ちわびている書類はFEDEXで再送したという連絡がありけりがついた。月曜に発送して火曜の昼には到着したが、さすがFEDEXだ。ちなみに件の書類は、翌水曜に届いたのだが、郵便局の書留で送ったそうで、2週間かかってしまった。②の書類の発送に関しては、郵便局がだめならFEDEXを使うようママ・ジェーンに依頼した。しかし、ママ・ジェーンからFEDEXも閉店していると連絡があり、ならばDHLで発送することもトライしたが、この日は結局送れずじまいになってしまった。

マヨン火山の噴火で非難した人々が山へ帰るときもジープニーの出番だ

そして18日(水)、満を持して①、②、③にけりをつけるべく臨んだ。①の書類は、年金証書の翻訳を比外務省(DFA)で認証するための委任状(SPA)だったのだが、FEDEXでとどいた書類を持ってPRAに赴き、担当者を呼んでもらったら、担当者は先週末で辞めてしまったといのうのだ。ジープニー・ストの影響でもあるまいが、代わりの人が出てきたが、まだ、交代のものが決まっておらず、DFAの認証は受け付けられないと告げられた。例え交代者が決まってもSPAには前の担当者の名前が入っていてせっかく苦労して入手したSPAが使いものにならず、万事休すだ。こうなったら、退職者がフィリピンに来てから新しいSPAにサインしてもらって、私自らがDFAに認証を受けに行かなければならないが、その分、申請が遅れることになってしまう。

田舎のジープニーはけばけばしく、なぜかどの車もベンツのエンブレムをつけている

一方、②の書類の発送には住所以外に電話番号が必要との連絡がジェーンから入った。その時、すでにキアンの出迎えに出ていて、さらにピアノのレッスンに付き添っていたので、外で、E-メールを開けて電話番号を調べなければならない。しかし、不運は重なるもので手持ちのタブレットの充電に不具合があってバッテリーが空で使えない。前日、キアンには充電できないので使うなと指示をしていたのだが、携帯ゲームで遊んでバッテリーが空になっていた。なじみの携帯屋さんに持ちこんでもすぐさま修理するといっても時間がかかる。しかもこのとき、ポケットWifiが家に置き忘れ、インターネットも使えない。すでに2日間も送れずにいたので、これ以上発送を遅らせるわけにはいかない。そこでキアンのレッスン中に抜け出して、事務所に戻ることにした。

パソンタモ通りは大雨が降るとすぐに道路冠水が発生するが、多少の水ももろともせずジープニーが駆け抜ける

ようやくタクシーを見つけて、事務所に戻ってE-メールをあけて電話番号をジェーンに携帯で知らせようとしたら、その瞬間に別の退職者から電話がかかってきた。ほとんどパニック状態で、失礼ながら話もしないで電話を切って、無事にジェーンに電話番号を連絡することができた。これで一件落着だが、マカティ・スクエアのピアノ教室に戻るタクシーで、70ペソのところを、ちょっとおごって100ペソを支払おうと1000ペソ出したら、お釣りを800ペソしかよこさない。頭にきたが、爆発してしまいそうなので、黙ってOKとした。

パソンタモ通りの朝夕のラッシュには通勤客を運ぶジープニーで一杯だ

③については、無事に支店長と面会を果たして、数ヶ月費やして準備した書類も完璧で、相続手続きを前に進めることができる見通しがついた。しかし、事前準備が終わったばかりで、残高証明を入手して、新聞公告、税務署への相続税の支払いと証明書(CAR)の入手、相続保証書の入手とまだまだ遠い道のりだ。タクシーで銀行を後にしたら直後に銀行から電話がかかってきた。悪いことは重なるもので、また、なにか面倒かといやな予感がしたが、お茶の入ったボトルを銀行に忘れたとのことなので、ほっとした。

公共交通手段としてはジープニーしかない田舎では乗客が鈴なりとなる

ジープニーのストライキがとんだところに波及して、一日中パニック状態となってしまったが、18日(水)の朝刊の一面を飾った「マラウイ解放宣言」の記事を見ても上の空だった。一方、テレビではラッカが解放され、ISが事実上壊滅したというニュースをやっていたが、これにもさほどの感激を覚えなかった。当方にとってはジープニーのストライキの方が切実な問題なのだ。

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