人質事件で中国観光客が8人死亡 2010年8月24日


8月23日の昼前、PRA(退職庁)に退職者のビザ申請に同行すると、PRA職員がテレビにかじりついている。一体何事が起こったのかと聞いてみると、人質 (Hostage)事件だという。テレビはタガログ語で、道路の真中に止まったバスの画像を写すだけだから何のことやらさっぱりわからない。ことの詳細は 翌日のマニラ新聞で知った。

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 この事件は、国家警察の元警部(キャップテン)が、恐喝事件に関与した疑いで受けた懲戒免職の処分に不満を 持ち、その撤回を求め、中国人観光客25人を乗せた観光バスを乗っ取ったものだ。この警部はその前年、優秀な警官として表彰されたばっかりの警官の鏡だっ た。それが、部下が行なった恐喝のために詰め腹を切らされた。しかもその事件は裁判で却下されたにも関わらず、最終的にオンブズマンにより有罪とされ、退職を間近に控えた彼は、職ばかりでなく退職金も年金も、将来享受すべきすべての利益まで失ってしまったのだ。警官にはそれを不服として申し立てる手立てがない、そして思い余って今回の事件を起してしまったという。

だからと言って、観光客を巻き込んでの人質事件は最悪の選択だ。オンブズマ ンに不服があるなら、そこに直接抗議すればいいのだ。多くの人が、フィリピンのイメージを改善し、観光客や企業の投資を誘致してきた努力が、この事件で水 泡に帰すことになりかねない。当方も盛んに「退職者の老後の生活をフィリピンで」と言ってきたのに、それらの努力をお釈迦にするようなとんでもない事件 だ。相棒のジェーンも「これでフィリピンのイメージが10年前にさかのぼってしまう」と、ポツリとこぼしていた。

そもそもフィリピン人は我慢強く、弱いものはいつも泣き寝入りしてしまうのだ。だからこのような突飛な行動に出て世間を騒がせることは極めてまれだ。私も20年以上フィリピンに関わってきて、初めてこのような事件を耳にした。かつて軍の将校が人質をとってホテルに立て込む事件があったが、人質に危害が加えられること は皆無だった。これらは茶番とも思えるような政府との交渉で解決されてきたが、今回は最悪の事態を迎えるという極めて異例な幕切れだった。

 犯人が人質と共にバスに閉じこもっている間、犯人は人質に対してとても親切だったそうだ。しかし、警部の弟が説得工作に乗り出し、それが逆に兄をあおるような 行動に出て、事態が急変した。犯人に対する政府の対応も犯人の主張に対してけんもほろほろで、弟が兄に「こんな政府からのレターは紙くず同様だ」と告げた そうだ。さらに、メディアや警官が弟を取り囲んであたかも暴力を振るっているような報道が、車内の犯人にも筒抜けになっていたのだ。その結果、兄が激昂し態度が急変した。メディアの中継で犯人は車内から外の状況を的確に把握している一方、警察は車内の状況がわからない。こんな状況が事件の解決を難しくし た。

アキノ大統領は清潔な政治をモットーに鋭意改革を進めている。それが功を奏するのは先になるだろうが、即効的な改善を望む声も大きい。この事件もその辺が 背景になっているという声もある。このことはアキノ政権への期待の裏返しかも知れないが、犯人が射殺されてしまった今、アキノ政権へ大いなる課題を残したことは間違いない。株価は暴落し、ペソは下落し、市場は敏感にこの事件に反応し、フィリピン経済に大きく影を落とした。

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 一方、アキノ大統領の今回の事件への対応は選挙前の前評判を裏付けるようなものだった(結婚もせず家庭を持たず、サリサリストアも経営したこと無いボンボ ンが国家をきりもりできるはずもない)。香港政庁のトップからの要請に対して、忙しいから電話にも出れないと断ったそうで、国家の有事であることを認識でき ず、その迅速な対応を怠ったのだ。しかも普段なら気にもならない、この、にやついた顔 が世論の気に障った。報道官は、これが彼の顔なのだと説明したが、どうにも事態を真摯に受け止めているように見えない。政権についてまだ2ヶ月あまりだ が、思わぬところで新大統領の信頼に土がついてしまった。大統領はメディアの過剰な報道、そして警察の稚拙な行動を槍玉に挙げていたが、世論は返って警察と犯人に同情的で国家の情け容赦の無い対応に批判が高まっている。そして、アキノ大統領は就任後始めてのテストで落第点を取ってしまったというのが巷の評価だ。

このような突飛な事件はどこにでもあるもので、これをもってフィリピンという国そのものの安全性を云々できるものはないと思うが、外国人を巻き込んだということは、外交問題にまで発展しかねない。

  翌日、香港政庁は旅行者の渡航自粛を呼びかけ、空港へ向う中国人も多かった。香港世論もフィリピンにかなりの悪感情を持ったようだ。中国との合同調査、比外務長官の香港派遣など、まさに外交問題に発展している。しかし、フィリピンは経済的には中華圏であって、100万人の中国人と1千万人の中国系の人々が 暮らす中国とは切っても切れない縁があるから、いずれ何らかの妥協点を見出すだろう。

 テレビではさらに犯人の葬式の模様を中継していた。人望の厚い犯人(故人)を悼む様子は加害者というより被害者を弔うものだった。人々は泣きくずれ、悲しみに打ちひしがれた年老いた父親が画面に登場し、これがまた世論の同情を買った。

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 私の相棒の旦那は国家警察の幹部だ。彼はこの事件を二つの側面から見ている。一つは犯人の警官としての心理、そして事件の解決を出来なかった警察の心理だ。

彼曰く、現在、人権擁護局が必要以上に警察を国家権力の象徴として槍玉に挙げている。擁護局はいつも犯人の味方で警察が犯人の人権の侵さなかったか、逮捕や取調べ は適正だったか、そんなことばかりに目を光らせている。だから警官は自分の取った行動が後で問題にされないか、などということに気がなって、機敏な対応が 阻まれる。犯人の警部も、部下が行なった犯罪者の取り扱いおいて、それが恐喝事件とみなされ、そのあおりを食った被害者だった。

 そしてそれがまた、今回の事件のように迅速な解決が図れない結果につながった。例えば銃を構えている相手に対して、逮捕状を示し「あなたの権利は.......」などと言ってから、ことに及ぶなどナンセンスなことで、そんなことをしている間に犯人は逃げてしまうか、自分が撃ち殺されてしまう。今回の事件では犯人を射殺するチャンスは何度もあったが、適正な手続きはなされたか、交渉で解決できないか、などなど躊躇している間に事件は最悪の結末を迎 えてしまったのだ。

  同じ組織にいるものとして当然のことながら犯人に対しては同情的であるものの、犯罪に対しては手厳しい。早い段階で犯人を射殺すべきであったが、それを阻んだのは警察を呪縛する人権擁護の壁だというのだ。

  今回の事件は偶発的で、幾つもの不運が重なった。しかし、何の罪も無い観光客が巻き添えを食ったということは由々しき問題だ。観光や外国投資の誘致はフィ リピン経済にとって最大の課題であり、そのためには外国人の安全をはかることが最優先だ。しかし、そのために国家警察を締め上げたり、メディを責めるだけでは解決につながらない。アキノ政権の緊急かつ最大の課題といえる。

 このような 偶発的事件に対して我々外国人は自らを防ぐ手立てはあるのだろうか。あるいはこのような事件に巻き込まれる可能性はあるのだろうか。フィリピン人の特性として、どんなに不平不満があろうとも、このような過激な行為に出ることは滅多に無いことなので、われわれが事件に遭遇して被害者になる可能性は万に一つも 無いと言い切ってよいだろう。

 

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