ビザ申請にやってきた女医のYさんをマニラ見物に案内した翌日、今度はジェーンがエステに案内した。フェイシャルとボディのエステが希望で、これだけは私の手に負えない、そのため、ジェーンのお出ましとなり、グリーンベルトのベロ・ビューティ・クリニックに案内してもらった。ベロといえば芸能人ご用達の有名なエステ・クリニックだ。
グリーンベル4の2階を覗いてみたら、洋麺屋五右衛門が開業していた。同行したYさんによると日本でも有名な店だそうだ。ラーメンの山頭火やユニクロの出店ラッシュの流れのようだ。
その日は、日曜だったので、我が家にはカーネル、息子、キム、ヤヤ、KIAN、それに田舎からやってきていたマミー(ジェーンのお母さん)やビアンカ、それに5人の子供達がいた。そこで、事件が立て続けにおきた。まさに我が家の大黒柱=守護神のジェーンがいぬまに、鬼か悪魔が家に忍び込んだように、3つの事件が同時に発生したのだ。
ショーケースにはおいしそうなピザやスパゲッティが並んでいる。日本風イタリア料理は、果たしてフィリピン人に受け入れられるのだろうか
その① 部屋中、煙事件
昼飯時間になったので、2階に上がったところ、誰もいない部屋中に、煙がもうもうとしていた。白い煙ではなくて油くさい黒っぽい煙でダイニングとキッチンがもうもうとしている。一体何がおきたのかと、大声でヤヤを呼んだ。ヤヤは部屋でKIANの相手をしている。ビアンカやマミーも3階から降りてきた。なにやら皆で大騒ぎをしている。
マミーはえらい形相でビアンカ(17才)やヤヤ(子守)を怒鳴りつけている。ヤヤとビアンカは、事態の収拾に忙しい。何かビアンカがへまをしたのかと、ヤヤに聞くと「私にも責任がある」という。後から、ことの次第を聞いてみると、要は、ヤヤが昼食の準備中にKIANが泣くのであやしに行って、ビアンカに後のことを頼んだ。しかし、ビアンカはメンスで体調が優れず、3階に上がって、寝てしまった。そうこうしているうちにフライパンの油が煮立って蒸発して、部屋中が油くさい煙でいっぱいになってしまったのだ。
この日は双子の8歳の誕生日ということで、サイカに招待した。もちろん主役はいつもKIANだが、双子にとっても喜びのひと時だ
しかし、マミーのビアンカに対する怒りは収まらず、ビアンカを怒鳴り続ける。マミーは養女のビアンカを農場でメイド代わりに使っているから、親あるいはボスとして、ビアンカを叱るのは日常茶飯事だ。蒸発した油に火でもついたら大火事になりかねない。だから、マミーの怒りは30分しても収まらず、ビアンカに罵声を浴びせ続ける。多分、ビアンカの生い立ちから始まって、恩知らずなど手厳しい言葉が飛び交ったのだろう。一方のビアンカはただ黙々と後始末をしている。マミーの顔を見ると、もはやヒステリーの絶頂で、いぶかしげに見つめる私の目などは全く見えてはいないようだった。
食事の後、ジェーンから双子の記念写真をとるようにとの指示があり、急遽、車の中で記念写真。マニラと田舎と分かれて住んでいるせいで、体格や顔に少々違いが出てきているが、この写真ではどちらがどちらかわからない
その② KIANのこむら返り事件
数日前から、下痢で体調を崩していたKIANが足がつって、ふくらはぎの痛みを大声で訴えていた。カーネルやキムはいたが、手に負えない。私も駆けつけて、KIANの足を押さえて直そうとするが、KIANはつま先を伸ばして抵抗し、ふくらはぎは硬直している。なんともならず、皆、パニックに陥るばかりだ。
ジェーンが戻ってから件の女医さんに診てもらったら、下痢が続くとナトリームやカリームが不足してこむら返りを起こしやすいとのこと、だから緊急にそれらの成分を補給する必要があるとのこと。用意しておいたポカリ・スエットは、どうしてもKIANが嫌がるので、味噌スープを飲ませることにした。女医さんも、それがいいという。ちなみに味噌スープはKIANの大好物だ。普段、ソフト・ドリンクを口にしないKIANはポカリ・スエットがどうしても飲めないようだ。
たまたまビザの申請に来た女医さんにお腹の具合を診てもらうKIAN。なぜか、お医者さんに診てもらうだけで安心して具合がよくなってしまうものだが、英語の達者な女医さんと話をして、KIANも大分、安心したようだ
その③ カメラのメモリー消去事件
そんな大騒動の折、息子が血相を変えてあがってきた。ジェーンのカメラの写真を自分のパソコンに取り込もうとしたおり、間違って、カメラの写真千数百枚を消去してしまったというのだ。申し訳ないことをしたと顔面蒼白だ。ジェーンのことだから、バックアップを取ってあるはずもない。これは大変なことをしでかしたと心配するが、「国家警察のカーネルに頼めば、データを復活することはできるのではないか」とアドバイスして息子を慰める。
すっかり元気になったKIANはボール投げにいそしむ。投げたり受け取ったり、大分動体視力や反射神経が養われて来ているようだ
これだけの事件が発生すると大黒柱=守護神のジェーンの存在無しでは収まらない。緊急メールを入れると、もうすぐ、女医さんをつれて戻るところだという。これで一安心だ。
優先順位から、まずKIANのこむら返りを女医さんに診てもらう。すやすやと寝入っていたKIANはすでに危機を脱したようだが、味噌スープとポカリ・スエットをいつでも取れるように用意しておいた。
つぎに煙事件。息巻くマミーの手前、ジェーンとしては、それなりの落とし前をつけないわけにはいかない。皆から事情をヒアリングした上で、それぞれの該当者に指示を与えた。すなわち「料理をしている最中にKIANが泣きわめいたりしたら、ヤヤは料理を中断して、KIANの面倒を見ること。ダダ(私)の食事は後回しにしてよい。その気になれば、外でも食べられるのだから構うな」。私にとってちょっと迷惑な話だが、致し方あるまい。
最後の、データ消去についは、ジェーンはかなりショックのようだったが、犯人は私の息子であるため、苦笑いをするだけだった。私が、データの復活は可能であろうとアドバイスすると、カーネルが相槌を打って、一件落着だ。後日、カーネルの弟のシステム・エンジニアーのノンに依頼したら、数分でものの見事に復活してしまった。たとえSDカードでなくてもハードディスクであろうが何であろうが、消去したり、ファーマットしてもほとんどデータを復活できるそうで、国家警察の捜査に欠かせないテクニックだそうだ。
おもちゃ売り場でKIANがみつけたプラスティック製の自動車(アニメの主人公のCARS)。初めは、2700ペソという値段を聞いてびっくりしたが、車の付け替えなどができて、確かに品質が良い。KIANが、これを気に入って、両手に抱え込んで、自分でレジに持って行き、ママ・ジェーンにNOと言わせる隙を与えなかったそうだ、こんな子供でも良いものはわかるのだろうか
ジェーンの見事な采配だったが、往年の大黒柱のマミーは、怒り狂うばかりで、もはや役にたたない。一方、国家警察の要職につくカーネルは終始無言。まさに、ゴッドマザー=ジェーンの面目躍如だ。フィリピンでは、まさに一家の主(あるじ)は女性の役割であることを再認識した。子供のころ社会科で母系社会というものを習って、かなり違和感を感じたが、フィリピンは、まさにその母系社会なのだ。
余談だが、「最近、KIANはミルクだけでほとんど食事を取らない」とぐちるヤヤに、私から小言が入った。「3才にもなってミルクだけではKIANのすこやかな成長を阻害する」。ジェーンとヤヤは「KIANが食べたがらない」と反論するが、「強制的にに食べさせるべきだ。皆がばらばらに食事を取るのではなくて、皆が一緒に食べて、食事時間を楽しいものにすれば、KIANも食がすすむだろう」と、早速、以前のように皆を集めて食事をとることにした。そういえば、最近はKIANと一緒に食事を取ることがほとんどなくなり、納豆を口に入れてやる楽しみがなくなっていた。
最初は躊躇していたKIANも、一緒になって、納豆やら味噌スープにご飯を混ぜて、驚くほどの食欲を示した。「ほれ、見たことか」と私は得意になる。そうしたら、KIANの便も快調で、大人のような固形で臭いうんこをするようになったとジェーンが驚いていた。今度は、大御所=おじいさんの面目躍如といったところだ。