7月も半ばを過ぎると、マニラにはいよいよ本格的な雨が降って、道路の冠水も日常茶飯事となる。パソンタモ通り沿いの和食レストランやカラオケが集中するリトル東京/マカティ・スクエアあたりは、よく道路冠水が起きることで有名だ。道路冠水の原因は、もちろん大雨だが、小一時間ほど、ちょっと強い雨が降るだけで、低い場所にある道路は簡単に冠水してしまい、いたるところで道路網が寸断される。ジープニーやSUVならば、水しぶきをあげて走り去るところだが、タクシーなどのセダン・タイプの車は、かなり必死の覚悟で走らなければならない。一旦エンジンが止まってしまうと、排気口から水が逆流して、エンジンがかからなくなってしまうためだ。こんな時に役に立つのがエンジンのない車、すなわち自転車なのだ。
道路冠水は雨季(6月~11月)のマニラの風物で、いたるところで、道路が冠水し、交通が麻痺する
10年ほど前にパソンタモ通りではかなり本格的な下水道工事が行われたが、効果があったのは1~2年で、すぐに元にもどってしまった。そもそも、マニラは地形が平坦だから、いくら道路に沿って排水溝に埋設したとしても、勾配がほとんどないから、流速も小さくて、土砂やごみが堆積して排水路の断面がすぐに小さくなるか、ふさがってしまう。
フィリピンでは予算の関係か、メンテ(維持管理)というものをほとんどしないから、せっかくの排水溝が宝の持ち腐れになってしまうのだ。もし、適切な勾配を維持しようとしたら、末端で水位が海面以下となって流れる先がなくなってしまう。そのため地下に大規模な貯留槽を作って、ポンプでくみ出す等、大規模な工事が必要になるのだが、そんなことは予算の関係でとてもできない。
しかもフィリピン人の悪い習性として、ゴミは下水に捨てるということがまかり通っている。特にスコーターではこの傾向が顕著で、行政の頭痛の種となっている。そんなわけで、道路冠水は雨季のマニラの風物誌として不動の地位を守っているのだ。
2009年台風オンドイによる首都圏の洪水被害は、我がコンドミニアムの前の道路も1m近い水位となってしまい、2週間近く首都圏の機能が麻痺した。
ところが、2009年、台風オンドイの影響で首都圏マニラを襲った大洪水はちょっと事情が違う。マニラの排水を一手に引き受けるパシッグ川が、上流からの大量の雨水と、満潮が重なって、水かさを増し、堤防を越えて陸側に流れ込んでしまったのだ。その結果、空からの雨水と川からの雨水が溜まって、まさにマニラが大きな水溜りになってしまったのだ。この時は排水溝がパシッグ川に流れ込むところに設けられている水門やポンプは、なんの役にも立たなかった。
本来、マニラ上流の雨水は一旦ラグナ湖にためて、大雨の後、徐々に海に流す洪水対策が取られている。この時は、ラグナ湖の水位が上昇して、貯留池としての役割を果たすことができず、大量の雨水がパシッグ川からマニラを襲った。すべてが想定を上回る大雨のために起きたのだが、その辺の解決策は政府レベルで進められているはずだ。
パシッグ側の水位が高いときは水門を閉めて、雨水の逆流を防ぎ、同時にポンプで排水する。従って、満潮で水位が高いときに強い雨が降ると、雨水の流れる先がなくて、至るところで道路冠水が発生する
さて、いよいよ本題だが、マニラ市は、最近、スーパー等で使うレジ袋をすべて紙製のものに変更するという施策を実行した。そこで、運転手役のボボイに質問した。「何故、プラスティックの袋を紙袋に変更したのか?」と。彼は、「知らない。」と答えた。さらに「それは良いことか?」たずねたら、「良くない。とても不便だ。」と回答し、会話は先へ進まなかった。
さらに。17歳のキムに同じ質問をした。キムは「それは地球のCO2を減らし、オゾン層の減少を防ぎ、地球の環境破壊を防ぐためだ。」と学生らしい回答だった。しかし、これではマニラ市の役人の思いを全く理解しておらず、市民の協力を得るまでは道のりは遠い。
首都圏の小売店の袋はすべて紙製に換えられた。紙であれば、薪代わりに使うこともできるし、捨てられてもいずれ溶けて流れて下水管を詰まらせることもなかろうというわけだが、その努力は報われるのだろうか
そこで今度はジェーンに質問した。ジェーンは即座に「下水道を詰まらせているプラスティックのゴミを減らし、洪水の元凶となっている排水管の詰まりを解消するためのものである。」と回答した。さらに続けて、「私は、買い物袋を持って買い物に行くので、紙の袋さえも必要としていない。それを徹底するために、いっそ、レジの袋を有料にすればいいのだ。」という、模範解答が帰ってきた。
そこでボボイの回答を披露すると、「庶民は、公共の利益については全く関心がなく、自分の利益だけを追求している。なかには、下水管をプラスティックで塞いで道路冠水をわざわざ引き起こし、それで、人や荷を運んだりしてチップを稼いでいるけしからん輩までいる。だから交通整理の係官は雨が降って交通整理の仕事がないとマンホールがプラスティックで覆われていないか見回っているのだ。」と憤慨し、庶民の意識の低さを憂いでいた。庶民レベルまで彼女のような意識を持ったら、マニラももっと住みやすくなると思うのだが、先の長い話だろう。