Monthly Archives: June 2007


カラーコーディングとは、マニラの交通渋滞を緩和するために、MMDA(Metropolitan Manila Development Authority)が車のプレートナンバーの末尾番号により、一定の曜日には市内を走ってはならない、という規則を定めたものだ。ちなみに末尾番号、1と2は月曜日、3と4は火曜日、5と6は水曜日、7と8は木曜日、9と0は金曜日、朝の7時から夜の7時まで、マカティ市およびパサイ市など一定の地域で運転することが許されない。土曜と日曜日は制限がないが、例え自家用車を持っていても週の一日は使用できないということになる。大変不便な制度で、私の場合、末尾番号が1なので月曜に車ででかけようとすると、今日はだめなんだと毎週、この制度をうらむことになる。特にこんなときに雨が降ってタクシーが拾えないとなると怒り心頭に達してしまう。 プレートナンバーの末尾番号0は金曜日には運転できない これはタクシーなどにも適用され、売り上げの20%近くも失うとなるとタクシーオペレーターにとっては死活問題だ。ところがこれが案外評判いいようなのだ。まず、お金持ちの方々は必ず2台以上の車を持っていますから、車を代えるだけです。その上渋滞が減るとなると、大いに結構ということになる。車のメーカーにとっても大歓迎だ。20%の車が減れば、マーケットの大いなる拡大で、お金持ちはカラーコーディング用に大衆車をもう一台購入することになる。そのため、ビリッジのお屋敷にはベンツやBMWに混ざって、カローラやセントラ(日産サニーの現地名)などの大衆車が週に一回おでますために置いてある。なんという資源の無駄遣いだろうか。 どうもこの国の制度は、お金持ちのためだけに定められているような気がするが、貧乏人の僻みだろうか。ある時、会計会社の偉いさんを接待したおり、シャングリラホテルのシャンパラスという高級中華料理店で食事をしながら、カラーコーディングの制度について文句を並べた。この制度は貧乏人を苦しめ、お金持ちや車のメーカーが喜ぶだけで、渋滞緩和の役になんか少しも立っていないと。彼はお金持ちのかたわれだから、この制度を支持しているといっていだ。それで、彼は、隣の席で食事している人はMMDAの長官で、彼がこの制度を始めたのだから、直接文句を言ったらどうかというのだ。この地のお役人の偉いさんに文句を言っても始まらないので、黙っていたが、どうにもわかっとらんと憤懣がおさままらなかった。それから、10年近い月日が経っているが、この制度は成功というお墨付きが出されたのだろう。未だに私は毎週月曜日には腹を立てているのだ。まさにブルーマンディなのだ。 ちなみにこの規則に違反した場合は、1500ペソの罰金を課せられる。これはフィリピンでは大きなお金だ。プレートナンバーは、外から見ても一目瞭然なので警官が厳しくあるいは喜んで取り締まる。それで皆、致し方なく守っているようだ。こんな悪法を許しているなんて、フィリピーノ庶民は何を考えているのだろうか。しかし、車を持てるフィリピン人はむしろ一握りで、ほとんどの人がバスやジープニーを利用しているわけだから、カラーコーディングですこしでも渋滞が緩和されるということは彼らにとっても大いに意義のあることかもしれない。1台しか車をもてない中途半端な小金もちは、この国では少数派なのだろう。 ちなみにフィリピンにはシニアシチズンシップというありがたい制度があって、60歳以上になると、ほとんどあらゆるものがディスカウントされる特典だ。しかし、原則、外国人には適用されない。しかし、マカティ市では、外国人のシニアには特典としてこのカラーコーディングを免除してもらえる。これをブルーカードと言うが、私もこれを取得して、一週間に7日、車が使えるようになっている。

雑記帳 庶民の敵 カラーコーディング


   サ リサリとはタガログ語で“何でも”という意味。自分の家の軒先に小さな窓を設けて、日用品雑貨、飲み物、スナック等を売るコンビニエントストアーの原型だす。一坪から数坪の店で、必要なものは何でも置いてある。塩、調理用油、調味料、洗剤、歯磨き等々、その日使う分を小分けにしておいてあり、その日の 数百ペソの稼ぎで暮らす人にとっては大変重宝だ。最近では携帯電話のロード(フィリピンの携帯電話はほとんどがプリペイド方式で、事前に払う通話料を ロードという)も小分けして売っているのにはびっくりした。 サリサリストアーの典型 住宅街に行くと、50mおきぐらいにサリサリストアーがあって、家を出れば数十歩で買い物ができるという究極のコンビニエントストアーと言える。値段としては割高だが、それはサリサリのオーナーはスーパーで仕入れ、それに利益を乗せるのですから、当然だ。ちなみに、煙草一箱は、スーパーなら25ペソ程度で買えるものが30ペソ。道端のベンダー(道端でタバコ、スナック、飲み物を売る人たち、サリサリの小型版)は40ペソ程度だから、良心的かもしれない。さらにこれらサリサリあるいはベンダーは、この煙草をさらに小分して、2ペソで一本づつ売るのだ。スーパーにはサリサリ用に洗剤等を小分けにして、20枚程度つなげた商品を置いている。サリサリではそれを仕入れて店の中に吊るして、一枚づつ売るというわけだ。だから、サリサリでは数ペソから数十ペソ単位の商いが普通なのだ。 私が利用するサリサリは大型店ともいえ、24時間営業 5本入りのタバコが袋入りでつながって売っている サ リサリは、場所さえあれば、数万ペソで商売が始められる。軒先を改造して、冷蔵庫を置き、あとは商品を仕入れれば、即商いを開始することができる。サ リサリの窓口は通常簡単な鉄格子がはまっていて、商品を出し入れできるだけのスペースが開いているだけだ。これは商品を持ち逃げされないための用心なのだろう。24時間営業のサリサリもあり、まさに巷のコンビニエントストアだ。セブンイレブンもフィリピンのサリサリにヒントを得たのかもしれない。 サリサリストアーの内部は商品であふれている サ リサリで買い物する人たちはほとんど日銭を稼いで生活している人たちで、常にその日の生活に汲汲としている。すなわちその日の糧もない人たちが多く、サ […]



ポーンショップとは質屋のこと。日本では見かけることがほとんどなくなった質屋だが、フィリピンでは街の至るとことに看板を出し、庶民の強い見方となっている。ポーンショップは基本的には質屋と全く同じシステムで、貴金属を価格の60%程度で担保として引き取り、月々5% 程度の利子を課す。利子を払っている限りは、毎月更新できるのだが、利子が途絶えると、質草は流されてしまい、ポーンショップの組合に売却されてし まう。ポーンショップで預かってくれるのはほとんどが金だ。時計、バッグなどは贋物が横行するフィリピンでは預かってもらえない。しかし店によっ ては家電製品などまで預かってくれるところもあるそうだ。 フィリピン最大のポーンショップチェーンのセブアナ(バクラランにて) 基 本的に預金はしない、あるいはできない、宵越しの金はもたない、現金をためることに罪悪感さえ覚える、というのがフィリピン人の気風だから、なにか病気 になったり、まとまった金が必要な時、ポーンショップを頼りにするしかない。そのためフィリピン女性はやたら金製品をほしがる。簡単に換金できる貯金 のようなもので、それでいて普段は装飾品になるのだから、現金よりも活用範囲が広いというわけだ。したがって、女性と親しくなると、すぐに金のネックレ スやブレスレッドを買って欲しいとせがまれる。しかし、しばらくすると、ポーンショップにあるので、それを引き出すのに金が要ると言い出す。早く引 き取らないと毎月利子が嵩んでもったいないというのだ。そのため、同じネックレスを何度も買いなおしてやるという、馬鹿馬鹿しい羽目になってしまうす。 第2位のタンブンティンポーンショップチェーン(エルミタにて) ポーンショップは一坪程度の店さえあればすぐに開店できる。100万ペソほどの資金で、しかも毎月5% 程度の利回りになり、かつ担保があるので、リスクがない、とても魅力的な商売のように見える。しかし、実際のところ、盗品や贋物をつかまされることが多 く、それなりのリスクはある。ある程度リスクを負わないと客がつかないので、どんどん金を貸しているとすぐに資金が底をついてしまう。それなりに […]

豆辞典 庶民の銀行 ポーンショップ(質屋)


マカティの東、元フィリピンの軍事施設だったフォートボニファシオには第2次世界大戦で戦死したアメリカ軍の墓地、アメリカンセメタリーがある。そこには推定4万人の兵士のなきがらが眠っているが、整然と並んだ白い十字の墓標は墓地というよりも、庭園のようでマニラで一番美しいともいえる景観をなしている。訪れる人もわずかで、マニラの真ん中にこのような場所があるとは信じがたい感がある。 入り口からセメタリー中央を望む セメタリー中央から建設中のボニファシオグローバルシティを望む ボニファシオの高級コンドミニアム群  墓地の中央には祈りを捧げるためのマリア像が置かれ、それを基点として直径100m位の円形の白い回廊が建っている。そこには安置されている兵士の名前と出身地が刻まれているが、円形回廊の端にはいくつかの部屋があり、そこには、日米海戦の模様がモザイクタイルで描かれている。戦後生まれの私にとってもなかなか興味深いものだ。 戦死者の氏名を刻む白い回廊 祈りを捧げるマリア像の部屋 日米海戦の歴史をつづるモザイク 戦死した米兵の名前が累々と続く フォートボニファシオは1990年代 の末、大規模な国際競争入札の末、民間に払い下げられ、開発が急ピッチで進められている。マカティのすぐ北に位置する好立地から、高級コンドミニアムや マーケットマーケットというモールが建設され、多くの人々が訪れはじめている。その周囲はダスマリャネス、フォルベスパーク等の高級ビレッジあるいはマ ニラゴルフやマニラボロクラブがあり、環境としても申し分ない。いずれ、ビジネス街としてもマカティに継ぐ発展が期待されているが、このような都心に広大な用地があるということは、日本では到底考えられないことだ。それだけフィリピンは発展の余地が大きいといえると思う。 セメタリーとビル群の対比が独特の景観を作っている セメタリーの周りは新開発の高級住宅 […]

豆辞典 マニラで一番美しい アメリカンセメタリー



カーサ(スペイン語で家という意味、ちなみにカサ・ブランカとは白い家のこと)と 呼ばれる置屋はその名の通り、テイクアウト専門の女性達が控えている家だ。マニラのマラテあたりの住宅街にひっそり営業していて、知る人ぞ知る秘密の場 所だ。もちろん違法なので看板も出していない。しかしタクシーの運転手や雇っているドライバーはよく知っていて、得意げに案内してくれる。もちろ ん、かなりの額のコミッションが入るのだろう。 長いことご無沙汰していて最近の相場はわからないのだが、観光客が主体なので、意外と高く、10数年前で3000~4000ペソ程度していた。現在はだいぶ上がっているのではないかと思う。しかし値段などはあってないようなものだから交渉しだいではどうにでもなるだろう。マビニ通りあたりで声をかけてくるポン引きが連れて行くところは大体このようなところだ。 昔 は興味本位ではしごをしてみたこともあるが、どこも似たり寄ったりで、厚化粧の女たちが数十人、媚を売って大きな部屋の壁際に座っているのはいかにも 異様な感じだ。しかしながら、学費を稼ぐために地方からたまに出てくる女子学生などもいたりして、運がよければ思わぬ幸運にめぐりあうかもしれない。 し かしながら薄暗い住宅街の一角にあるので、何が起こるかわからない。ホールドアップや監禁されたとしても決して不思議ではないから、決して一 人では行かないこと。ポン引きやタクシードライバーの誘いに乗ってフラフラとついていくなどということは愚の骨頂だ。必ず信頼できるフィリピン人を同行 してほしい。また、連れ出すとしたら、相手の指定する場所へ行くのではなく、自分のホテルに連れてくるのが安全だ。のこのこと女について行ったりした ら、そこで何が待っているかわからない。  

豆辞典 団体客ご用達のカーサ(置屋)


ナイトクラブといえばロハスのインフィニティ、ケソンのペガサス、クラスメイト、空港近くのエアフォースワン等の最高級クラスから場末の店まで、数多くあるが、お勧めはなんと言っても、パサイ市リベルタッドのミスユニバーサルだ。とにかく安くて見ごたえがあるので、いつでも満員だ。少々えげつない ショーもあるので、女性連れはあまりお勧めできないが、韓国のツアー客は堂々奥様連れで楽しんでいる。簡単に紹介すると、舞台に次々と複数のモデルあ るいはダンサーが現れて、ヌードやセクシーダンスを見せるのだが、気に入ったらテーブルに呼ぶこともでき、さらに気に入ったら、連れ出しも 可能だ。 マニラの夜を熱くするミスユニバーサル(内部は撮影禁止)  料金システムだが、入場料(テーブルチャージ)100ペソ、ビール一本55ペソ、それだけでねばって出れば、一人たったの155ペソで済んでしまう。やはりそれだけでは、寂しいので、舞台の気に入った女性を呼んだとする。女性のテーブルチャージが100ペソ、ドリンク一杯を1時間ごとに飲まさなければならず(レディズドリンク)、それが360ペソ。合計、460ペソ/時間だ。したがって女性付で2時間程度居て1000ペソ程度で済んでしまう。これでやっていけるなと感心するのだが、やはり、その後の部分の実入りが大きいようだ。連れ出すとなると、さらに6000ペソ払わなければならない。ただし、別途女性に支払う必要はない。安心の明朗会計で計算を間違えた試しはないし、飲み物を頼むたびに明細にサインを求められるし、勝手にレディズドリンクを持ってくるなどいうことも決してない。 8時ごろから始まって12時過ぎまで、3~4人ずつ舞台で踊るわけですが、次から次へと出てきて、腰につけた番号札は300番台までいっている。店の人の話によると、200人 の女性が働いているというのだから、中には“これはっ”という女性がいるはずだ。また、ソロダンサーのショーはさすがで、思わず目を覆ってしまうほどだす。ちなみに番号札を自分の左につけているのが空いていて、右につけているのが売れているという合図だ。番号札のないのは新人だ。 か つてはかぶりつきといえば日本人が占めていて、フィリピン人が遠巻きに見ているといった図式が成り立っていたのだが、最近は韓国勢が圧倒し、日本人は隅 で小さくなっている。何しろ韓国のツアー客は団体でくるので、無礼講だ。立ちあがってピーピー口笛を吹いていたりするので、後ろにいる人には何も見えない。腹立たしいこと甚だで、そんなときは155ペソで帰ってしまうのがよいだろう。最近は店が反省したのか、韓国の団体客は姿を潜め、再び日本人がかぶりつきに招待されるようになった。奥様連れの団体客では商売にならないのだろう。 さて気になるのはお店に払った、6000ペソの行方だが、聞いた話によると、店が2000、フロアーマネージャーが2000、そして体を張ってがんばった女性が2000だというのだ。一体これはなんと言う搾取だろうか。女性を食い物にしてけしからんと思うと同時に直接交渉すれば、3000く らいで済むかななどとけちなことを考えてしまうのは、誰でも同じではないだろうか。しかし、店も店で馬鹿ではありません。女性が客と直接交渉して店外 デートをして、それが発覚すると、その場で首だそうだ。お互い生き抜くためには熾烈な駆け引きが舞台裏で行われているようだ。 以上の記事は2007年のもので、その後、閉鎖、名称をかえて開店そしてまた閉鎖を繰り返し、今は(2016年)、かつての熱気とは程遠いようだ。

豆辞典 マニラの夜を熱くする ミスユニバーサル



     OFWとはOversea Filipino Workerの略。あえて翻訳すると海外出稼ぎフィリピン人労働者となる。ご承知のとおり、フィリピン経済はこのOFWに支えられているといえるほど大量のフィリピン人が海外に出かけていって外貨を稼ぎ、せっせと国に残された家族に送金している。 統計によると2006年度現在、海外140カ国に在住するフィリピン人は、永住または長期滞在者、356万人、半年以上の滞在者、380万人、違法滞在者、87万人、合計、823万人の上っている。そして、年間の送金額は128億ドルにおよび、国家予算を凌駕する額だ。単純に平均すると、一人頭、1555ドル(19万円弱)、月当たり130ドル(1万6千円)となります。これはフィリピンでは優に一家族が暮らしていける金額なのです。すなわち家族から一人OFWをだすと、その家族は安泰なのだ。一家族平均5人とすると、4000万人を超え、なんと国民の半分以上がOFWの送金で養われていることになる。 街中至る所にあるOFW送る出すエージェントの事務所  OFWとはもっとも身近なところでジャパユキさん(最近はめっきり数が減ったが、彼女たちもフィリピン経済を支えていたのだ)、船乗り(最近の外国航路の大型船は船長以外ほとんどフィリピン人とのこと)、メード(香港、シンガポールの日曜には街にフィリピン村が出現する)、そして中近東の建設労働者、ホテル、レストランの従業員、等々、フィリピン人労働者は世界の産業を支える貴重な労働資源となっているのだ。 リクルートエージェントの前で朝早くから並ぶOFW志願者 な ぜ、これほどまでにフィリピン人は海外に生活の糧を求めるのだろうか。政治の腐敗、貧困というバックグラウンドはあるとしても、それは東南アジアの各国 に共通なものだ。それは、フィリピンという国が長くスペインそしてアメリカの支配を通じて、東南アジアにありながら西洋的な文化を持っていること、さら に世界で英語を話す国民がアメリカ、イギリスについで3番目であること、に起因している。 フィ リピン人は、先進国、すなわち、アメリカ、カナダ、そして日本等で暮らすことに強い憧れをもっている。残念ながらフィリピンという国へのこだわりは大変 希薄なのだ。しかしながら、これら先進国は、彼らの入国をきびしく制限している。そのため、とりあえず、彼らを受け入れる、外国人労働者がなければ国 […]

豆辞典 フィリピン最大の産業 OFW(海外出稼ぎ労働者)


最 近はアメリカ式のファーストフード店である、マクドナルド、ケンタッキーフライドチキン、ジョルビー、チョーキン等が全国制覇を果たした感があり、地方都 市でも一等地に大きな看板をかかげて、多くの客を集めている。しかしながら、フィリピンはもともとファーストフードの老舗で、フィリピーノ向けの食堂あ るいは屋台はほとんどがファーストフードなのだ。 トロトロの原型、道端の屋台、なべの中に作り置きの料理がある  ト ロトロといわれるこれらの店は、あらかじめ作り置きした惣菜を客がこれとこれ、と指差して、店の人がお皿に盛り付けて渡す。ご飯は別途ですがお代わり 自由の店もある。この指し示す行為をタガログ語でトロトロというのだ。日本や香港あるいは東南アジアの屋台といえば、注文に応じてその場で料理して 出してくれるのが普通だが、フィリピンではそのような店は見当たらない。 トロトロレストランが並ぶタガイタイのマホガニーマーケット  マ カティ市の中心地でもトラックの荷台を改造したトロトロに昼食をとるサラリーマンが殺到している。メニューは数種類から十数種類に限定されているのだ が、早い、そして安いので、ほとんどのフィリピン人の外食はトロトロということになる。安さの秘密は、その日のメニューにあわせて食材を調達し、それ を全部売り切ったら店じまい。だから、食材の無駄がまったくないのだ。 トロトロの典型 […]

豆辞典 庶民のレストラン トロトロ



フィリピン人女性と結婚している日本人男性の数は一口に10万人とも言われている。年の差を気にしないというフィリピン人女性の考え方、海外出稼ぎ労働者(OFW)で代表される海外へのあこがれ、そして貧困というバックグランドがフィリピン人女性を日本人との結婚に駆り立てるのだろう。フィリピン女性が日本へ嫁いだ場合、比較的うまくいっているとの話を耳にする。一方日本人がフィリピンに来た場合、10年もうまくやってきた仲なのに、一年足らずで破綻してしまった言う話を聞いたことがある。 世界でもまれな離婚制度の無いフィリピンでは教会でおごそかに式が執り行われ、牧師と立会人が婚姻を承認する 私 なりに原因を分析すると、日本で結婚生活をした場合は、フィリピン人奥さんが必死に日本の習慣になじもうと努力し、日本語も覚え、旦那は、今までどおりに 日本流を押しとうすことができる。奥さんは月々わずかの家族への仕送りを条件に「おしん」になるのだ。しかし、日本人の旦那がフィリピンにやってきた 場合は、英語もタガログ語もできない、フィリピンのことはなにもわからず、奥さん頼り。おまけに稼ぎも無い、いかにも頼りない旦那なのに怒ることだけは一 人前、家族の前でも平気で奥さんを馬鹿にして怒鳴る、時には暴力を振るう。これでは奥さんはたまらない。フィリピン人にとって人前で怒鳴られたり、はったおされたりすること は死ぬほど恥ずかしいことで、許すことはできないのだ。 そうなるともはや離婚しかなく、奥さん側は買ったばかりの家や車は、慰謝料として当然我が物にしようとするだろう。旦那の婚姻ビザ(13aビザ)を キャンセルして、フィリピン国外に追放しようとしたりもするだろう。一方、旦那は何がいけないのかわけわからずおろおろするばかりだ。さて、不幸にも 離婚となったとき、フィリピンでの離婚に関する法律はどうなっているのだろうか。フィリピンには離婚という制度はない。だから、フィリ ピン人はいったん結婚すると離婚することができないのだ。 し かし、旦那は日本人だから、離婚できるはずだ。正確に表現すると、日本人とフィリピン人のカップルが、日本に居住している限りは、日本の法律に従い、 離婚でき、フィリピンに居住している場合は、フィリピンの法律により、離婚できないのだ。だから、離婚するなら、日本へ行って離婚すればいいのだ。し […]

豆辞典 フィリピン人配偶者との離婚は可能か


2月14日 のバレンタインディといえば、日本ではチョコレートと相場が決まっており、女の子達はその準備にいそがしく、男の子達は一体チョコレート何個もらえるかを楽しみにし ている。ところがフィリピンではバレンタインディにプレゼントをあげるのは男性だ。この日は有り金をはたいてバラの花束を買い求め、恋人あるいは妻を、どんなに愛してい るかを表現しなければならない。当然のことながら、その日はどこのレストランもカップルで満員。われわれ一人身は食事所にありつけなくて右往左往するこ とになる。 既婚者は奥さんにバラの花を送る。これを怠ったら、離婚ものだ(ただし、この国には離婚という制度はないが)。恋人だと思っていたのに、この日、何のかの言い訳を言ってデートしてくれなかったら、間違いなく本命は他にいるのだ。その恋は早めに切り上げたほうが良いだろう。 バレンタインディに赤いバラの花は欠かせない  日本式のバレンタインディになれたわれわれはすぐに、義理チョコならず、義理バラを職場の女性職員あるいは良くお世話になるカラオケのお姉さん方に配ろうと思い立ち、必死な思いでバラを調達する。このころはバラが暴騰としているから、一本200ペソとして20本で4000ペ ソと大きな出費になってしまう。そしてそれをなんと心の優しい男だろうと得意げに女性たちに配るわけだが、果たしてその真意を理解してもらっている のやら、はなはだ疑問だ。きっと、パロパロ(蝶、浮気もの)おじさんが、もてようとしてやたらバラを配りまくっている、と位にしかとられていないのだろう。

豆辞典 バレンタインは赤いバラ