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  2012年4月12日追記。 一昨日若い訪問者を案内して、マカティスクエアで両替をしたら、その両替屋でトラベラーズチェックも扱うという看板を見つけた。本当のそうかと店番のモスリムの女性に聞いたら、確かに扱うという。ただし、通常のドル現金比べて、1ドルにつき 1.15ペソ交換比率が悪くなるとのこと。先日、ある退職者の方が退職ビザの申請料、1400ドルと年会費の360ドルをトラベラーズ・チェック(TC)で用意してきた。そこでびっくりしたのが私だ。TCは、フィリピンではほとんど役に立たないのは常識で、ここ20年以上、目にしたこともなかった。この方は、海外旅行歴の長い方で、まさかフィリピンでTCが使えないなんで考えだにしなかったそうだ。  「地球の歩き方」などでも、よく探すと「使用は困難、銀行での現地通貨への交換手数料が高い」などとは書いてあるものの、実際問題、全く使いもにならないといえる。フィリピンでは一番は円の現金で、旅行はこれで十分。ただし、家を買うとか、大きな買い物をする場合は、当地に口座を開いて、円やドルを銀行送金するほうが無難だ。ちなみに1万ドル以上の現金の持ち込みは申告する必要があり、それに違反した場合は没収されることさえありうる。 まず、TCをお馴染みのバンク・オブ・コマースに持ち込んだが、退職者の口座に振り込むことは可能だが、さらに引出して現金化するには21日間の確認期間がいるという。それでは退職ビザの申請もできないし、旅行中の経費にも使えない。次に、両替所で替えてくれるかもしれないというので、マカティ・アベニューの有名な両替店サンリーズに持ち込んだが、あっさりNO。次に、ブエンディアのAXAビルの前にトマス・クックの事務所があり、そこで替えてくれるというので行ってみたが、すでに事務所はない。同じビルの多少付き合いのあるPSバンクによってみたが、やはりNO。  そこで照会されたのが、BPI本店(Bank of Philippine Island)だ。そこなら替えてくれるという。BPI本店にあった両替所では扱っておらず、なんとか対応してもらえそうな窓口を見つけて話をした。なんとかなりそうだったが、最後にBPIに口座を持っている人だけを対象とします、というつれない返事。一般の旅行者が銀行口座を持っているはずがないではないか。また、その際、TCの一方にサインがしてあることが必要で、両方のサイン欄が空白のものは銀行としては受け付けられないというので、これまた注意が必要だ。  最後に旅行会社に相談したら、誰か個人的に割り引いてやるしかないという。すなわち、手形のように手数料を取って現金を受け取り、TCをその割り引いた人の口座に振り込んで、21日間の時間を稼ぐということだ。ちなみに手数料は5~10%になるそうで、TCの購入代も含めて大変な目減りとなる。だから、フィリピンにTCは絶対にもって来てはいけないのだ。 上の写真はTCの交換のためにマカティを歩き回っているときに目にした風景。パソンタモ通り沿いのキングス・コートとマービン・プラザ(ともにかつて私が事務所を構えていたビル)の間、20年以上空き地となっていた所にいよいよコンドミニアム・ラッシュの波が押し寄せてきたのだ。土地のオーナーは長い間土地の値上がりを待っていたのだろうが、この建設ラッシュで相当な高値で売却したのだろう。この部分はパソンタモ通りのごみためみたいになっていて景観を著しく損なう元凶となっていたのだが、このプロジェクトでかなりパソンタモのイメージがアップするだろう。遠方に見えるのはすべてマカティの中心街に建設中のコンドミニアムだ。  

トラベラーズチェックはフィリピンではご法度 2012年3月16日


   最近、グリーンベルトに和食レストランが数軒、開店している。グリーンベルトとなるとマカティスクエア界隈に比べて5割ほど高いので、中々日本食を食べるためだけには足が向かない。この日は例のTCの交換で銀行めぐりをしているうちに昼飯時となり、グリーンベルトで昼食をとることにした。そこで目に止まったのが、グリーンべルト2、イタリヤネスの近くのマ・メゾン(洋食屋)だ。たまたま名古屋からおいでになっていたゲストは、名古屋で有名なトンカツとハンバーグの店だというので、覗いてみた。ランチ定食が450ペソとマカティスクエアの和食レストランSAIKAとくらべて5割ほど高いが、かなりお腹がすいていたので、選択の余地がなかった。 内装は洋風レトロ調でフィリピン人の客が数組食べている。グリーンベルトの店としては決して高額ではない。トンカツやハンバーグ、スパゲッティなどの洋食だからフィリピン人にとっても口にあうメニューで、もちろん刺身などの純和風のメニューはない。  グリーンベルト特有の室外の席も中々しゃれていて、グリーンベルトにマッチしている。 魚料理はなくて、糖尿の気のある私にはかなり躊躇されたが、結局定番のトンカツ定食とハンバーグ定食を注文した。料理が出るまでちょっと時間がかかったが、私が注文したトンカツはボリュームがあり、SAIKAのトンカツ定食とはちょっと格が違い、値段だけのことはあると納得した。味噌味のたれが特色だそうだが、この日は普通のソースで、十分美味しかった。味噌ダレはフィリピン人には受けないのかもしれない。 日英併記のメニューも写真つきでフィリピン人でも内容が分かりやすい。オーナーはイタリヤネスと同じで、なかなかきれいなメニューだ。

グリーンベルトMA MAISON(洋食屋)で食事 2012年3月16日



  乾季のはずなのにやたらと雨や曇り空が多かった1月と2月だったが、ここのところ、ちょっと今までとは違う強烈な日差しで、日中外に出るのをためらうほどだ。気象庁は連日34度を越える暑さに、3月1日からドライシーズンあるいは夏に突入したと発表した。日本ではまだまだ寒さが厳しいと、日本から訪れたゲストが口々にフィリピンの日差しを喜ばれている。  ご承知の通り、フィリピンは乾季と雨季の2シーズンで、11月ごろから5月まで乾季、6月から10月が雨季とされる。しかし、10月から12月は台風が多く、今年は1月と2月も雨が多かったので、この 3月から5月が本当のドライシーズンと言うことになる。もうすぐ学校は夏休みに入るが、6月はじめの新学期を迎えるまで観光地、特にビーチリゾートは人であふれる。 このため、KIANはほとんど裸で一日を過ごす。2月24日はママの誕生日だが、まるで自分の誕生日と勘違いしており、手で音頭をとり「Happy Birthday to You」を皆で合唱することを要求する。そして、私の誕生日と同様ケーキに刺されたろうそくの火を一所懸命吹き消している。 水遊びが大好きなKIANは、プール遊びが解禁されて、午前中、プールに水をためて遊ぶのが日課になった。元々フィリピンは一年中夏のようなもので、何も3 月まで待つ必要はないし、普段から水でシャワーを浴びているのに、やはり水遊びは夏のシーズンに限ってやるものらしい。

フィリピンは夏本番 2012年3月4日


 パソンタモ通り、マカティスクエア、和食レストランの激戦区に新たに和食レストランが開店した。この日は電力関係の仕事で出向されている現役の駐在員の方の招待で食事を取る機会があったので報告する。マカティ・スクエアの裏側、駐車場のあるところ、原宿カラオケやイエローキャブがある並びで、もとピザハットが営業していたところだ。 しゃれた名前のレストランだが、内装も落ち着いている。開店から間もないせいか、客足も少なく、静かで落ち着いている。メニューは極めて豊富で、セイロ蒸や合鴨料理が特徴的なメニューで、本格的な和食料理だ。味は上品で、日本食を食べなれないフィリピン人には物足りないかもしれない。 8皿ほど注文して、飲み物を合わせて3人で4500ペソ。安いとはいえないが、アラカルトを頼んで飲んだら、こんなものかな、というところだ。退職者にはちょっときつい値段かも知れない。                                

マカティスクエアに和食レストラン「琴乃」開店 2012年2月29日



モール・オブ・エイシアの近く、マカパガル通りにあるシーサイド・マーケット・レストランは以前にも紹介したが、マーケットで食材を買って周辺のレストランで料理をしてもらうという、ユニークな食事どころだ。マーケットにはエビやカニ、ラプラプなどの高級食材が豊富に並び、一方、レストランの数も40~50軒はあろう。コスト的にはあまり安いとはいえないが、この日、10人で飲み物や料理代を入れて、しめて3800 ペソ、一人当たり約350ペソだから、まあまあだ。ここの良いところは量が多く、家へのテイクアウトまでできるところで、大人数の食事にはもってこいだ。支払いはカーネルと私で割り勘、持てるものが払うのがフィリピン流だ。     この日はマム・ジェーンのお兄さんのダシンが奥さんと末の娘を連れてマニラに出てきたので、彼らが憧れるシーサイド・マーケット・レストランに招待した。さらに、ダシンの奥さんの姉夫婦(亭主はトンボイ)も参加して、総勢10人と半分(KIAN)で、三菱モンテーロに乗って出かけていった。10.5人も乗るとさすがにモンテーロも窮屈で、途中運転手役のボボイが交通警官に停められ、車線変更違反をとがめれた際、さらに乗りすぎを指摘された。しかし、この日は、カーネルが一緒だから、こんな交通警官のいやがらせなど、屁でもない。カーネルの名前を告げて「パセンシャカナ-ごめんなさいね」で無罪放免だ。 シーサイド・マーケット・レストランは初体験のKIANは、その大量の食材に目を見張る。特に生きたエビやカニには恐る恐ると手を出して、歓声を上げていた。マーケットのはずれには貝を売る店が固まっているが、この日は正真正銘のアサリと赤貝を発見した。海草は海ぶどうがあるだけだが、これが案外美味だ。 数あるレストランでマム・ジェーンのお好みはフィリピン料理のALING TINYA’Sだ。室内のダイニングを抜けると屋外は木製の工芸家具のテーブルが並んで、生バンドの出演もある。周辺に比べていつもここだけ混んでいるが、果たして他と比べて何が違うのだろう、美味しいのだろうか?フィリピン料理なので私に評価するだけの舌は持ち合わせていないのが残念だ。  10人掛けのテーブルの端にベビー・チェアーをおいてKIANを座らせて、大量の料理に挑戦だ。この時ばかりは皆、正式な食べ方、すなわちカマヤン・スタイル(手で食べる)だ。ホークやスプーンではエビやカニはかったるくてやっていられないようだ。 KIANはめったに味わえないソフトドリンク(スプライト)を飲ましてもらってご機嫌で、イカのリング揚げに舌鼓を打っていた。シーフードなのでフライドチキンは我慢してもらったが、イカの感触が似ているので、ほとんど区別ができていないのかもしれない。 料理は、上から順番にクホール・サ・ガタ(タニシのココナツ・ミルク煮)、活きた小エビのスチーム、車エビのガーリック炒め、マヤマヤのシネガン・スープ、殻入りカキのスチーム、カニのオイスターソース煮、それにイカのリング揚げの7種類、それぞれ二皿ずつ、合計14皿だ。これらをあらかた平らげてしまった彼らの食欲には脱帽だ。 食事の来るのを待っている間に、退屈しのぎにパパ・カーネルとその辺をうろちょろしていたKIANの目に止まったのが光のおもちゃだ。電池でチューブを回転して、変わった光の模様と曲を流す。好奇心の強いKIANは欲しくてたまらない。150ペソとかなり高価で、デビソリアなら50ペソで買えるとママ・ジェーンはそう簡単にはうんと言わない。しかし、物欲しげなつぶらな瞳に、結局勝敗はKIANにあがった。ここでKIANが泣きわめいたら負けだったが、 KIANはひたすらおもちゃを見つめて、勝ち取ったのだ。転んでもただでは起きないママ・ジェーンは売り子に100ペソにまけさせて、パパ・カーネルに払わせていた。

シーサイドマーケットで食事 2012年2月27日


マカティの東に位置するボニファシオ・グローバルシティの一番奥(東より)にあるのがマーケット・マーケットというショッピングモールだ。ここは、ビサヤ地方で大型ショッピングモールを展開するガイサノ系のモールで、SMやロビンソンが圧倒するマニラ首都圏にあって特異な存在だ。大きな屋根に覆われた広い空間は各地の名産品が売られる屋台など、ウエット・マーケット風の雰囲気をかもし出している。  中央の吹き抜けのホールではカルチャー・ダンスで人を集めている。KIANは初めて見るショーを夢中に眺めていたが、開業以来5年を経過し、この日モールは人であふれかえっていた。   この日、ママたちは、兄夫婦が尋ねてきて、デビソリアに買い物に出かけてので、残された9歳のバレリー(KIANのいとこ)をつれ、ヤヤと4人で、初体験のマーケット・マーケットにやってきた。マーケット・マーケットの裏手(北側)には幼児の遊び場があり、一応3歳以上とされていはいるが、1歳と11ヶ月目のKIANが目の色を変えて遊びまわる遊具が並んでいた。夕食前の腹ごなしには丁度良い。   マーケットマーケットの西側の道路沿いにはレストランが並んでいる。その一つのNORTH PARKで食事を取った。NORTH PARKはマカティアベニューの店には良く入ったことがあるが、中華料理の人気チェーン店だ。ヌードルやおかゆが主体で安くてうまいので評判だが、一人分の料理が100ペソ強、200ペソ代の料理なら2~3人前ある。 KIANのためにドライ・ヌードルとチキンを頼んだが、しっかりと中華料理の味を出していた。3人分で飲み物もいれ〆て850ペソほど。一人200~300ペソも払えば、たっぷり楽しめる。  もともとヌードルが大好きなKIANだが、例のビューティフル・アイズを連発して満足を表現していた。また、ヌードルに入っているきのこを盛んにほおばっていたが、野菜嫌いのKIANがきのこを食べるのはきっと初めての経験だろう。

マーケット・マーケットとノース・パーク 2012年2月26日



  サウス・スーパー・ハイウエイとブエンディ通りの交差点近辺、あるいはマカティ・アベニューを夜半に車で通りかかると、サンパギータ売りの少女が車から中を覗いて、手にしたサンパギータの首飾りを買って欲しいとねだる。ご承知の通り、サンパギータは国の花で、車の中に飾るといいジャスミンの香りが車中に広がる。こんな夜中にいまだ花を売り歩かなければならない境遇を哀れんで、つい財布の紐が緩む。昨夜、小銭がないのでタクシーの運ちゃんに20ペソを貸して欲しいと言ったら、拒否されてしまった。「花を買ってはいけない」というのだ。「かわいそうだから」というと、「そうではない」という。何か納得できない気持ちで帰ったが、何故いけないか、ジェーンの教えを請うた。 道端で客待ちをする少女達、カメラを構えるとなぜか顔を隠す。ジェーンは彼らが犯罪に寄与していることを自覚しているからだという。  ジェーンいわく、「サンパギータを売っている少女達はシンジケートに組み込まれていて、売り上げは皆バックの黒幕のものになる。彼らは子供達を利用してあくどい商売をしているのだ。また、夜中に車の窓を開けると間髪をいれずに大人が手を車中に突っ込んで、引ったくりやホールドアップをするから、きわめて危険だ。さらに外国人がお金をばら撒くと、この商売を助長することになり、ますます多くの子供たちが利用され、犠牲になる。だから花を買ってはいけない。」と、納得の行く説明をしてくれた。  バクララン教会前では大量のサンパギータを売っている。このおばさんはシンジケートとは関係はないのだろう。また、キアポやデビソリアでよく見かける買い物袋を売る子供達。これはきっと、親の商売のお手伝いjをしているに違いない。  マカティでもカラオケを出ると少女がバラに花を売っている。1本10ペソくらいで仕入れたものを100ペソで売っているのだろう。中で指名するGROにプレゼントをしてやれというところだが、彼らもシンジケートに組み込まれているという。確かに同伴したGROは黙っているだけで買ってやるように勧めない。しかし、バラの花売りの少女は比較的美形が多いのは何故だろう。  パソンタモのカラオケの前でバラの花を売る少女、そいてプエルトガレラのホワイトビーチで手編みのブレスレッドを売る少女。皆可愛い顔立ちをしている。  エルミタやマカティアベニューの繁華街には日中、乳飲み子を抱いてお金をねだるイタ(原住民の一種)のおばさんがいる。哀れそうなやせた顔と眠りこける赤ん坊で同情を引く作戦だが、彼らもシンジケートの一員だという。どこからか調達されてきた赤ん坊は猛暑の中でも眠りこけているが、薬物で眠らされているらしい。彼らにお金を与えることも単にシンジケートを潤わすだけで、犠牲となる赤ん坊を増やすだけだから、やってはいけないという。  島耕作の漫画で、インドではこのような子供達が観光客の同情を引くようにシンジケートに腕を切り落とされようとする場面で島耕作がその子を買い取るという話があった。それに近い状況がフィリピンにもあるようだ。

サンパギータ売りの少女 2012年2月24日


 1.コーン・ビーフ事件 10年近く前になるが、私が退職してフィリピンに住み始めたころの話だ。農場で犬を5 匹飼っていたので、彼らの食事の準備が中々大変だった。安い鶏の頭の部分を買ってきてやわらかくゆでてご飯に混ぜて食べさせていたが、鶏のくちばしを除いたり、私自身が面倒を見ていた。そこで、鶏の頭がいつも手に入るわけではないので、緊急用の犬の食料として大きめのコーン・ビーフの缶詰を5個ほど買って部屋に保管しておいた。隠しておかないと、誰かが知らぬ間に食ってしまうので、いざというとき犬の食料がなくなってしまうのだ。  当時メイド役で、まだハイスクールのデビナが部屋を掃除する際にそれを見つけて、「ダダ(私のあだ名)は食料を部屋に隠している」とジェーンの兄のダシンに告げた。そこでダシンらが「ダダはご馳走を独り占めしようと部屋に隠している」と憤慨しているとジェーンが私に告げたのだ。そこで、私は「それは犬の食料であり、自分のお金で買って保管しておいて何が悪い」と反論した。ジェーンがそのことをダシンに告げたが、ダシンは納得しない。そもそもコーン・ビーフは人間にとってもご馳走であり、それを犬の食料にするなんて言語道断であり、挙句の果てに「犬と人間とどっちが大事なのか」などと、わけの分からぬ議論に発展してしまった。このままでは私に対する恩も尊敬も何もかも消失してしまいかねない危機的状況に陥った。  それ以来、私のは犬のえさの面倒は放棄して、彼らに任せ、部屋に食い物は一切置かないことにした。買ってきた食糧は台所に置いておいて、誰でも好きに食べられるようにしたのだ。おかげ彼らに興味のない日本食などはそのまま何年も忘れ去られてしまうはめになってしまった。    定番のアイスクリームをほおばるKIAN。アイスクリームと聞けば泣く子もだまるKIANなのだ。 2.KIANのフライドチキン事件  KIANはチキンから揚げが大好きだ。先日、おなじみの日本食レストランのSAIKAから鳥から揚げをテイクアウトして、一緒に食べた。手に握り締めて食べているのを、先の部分の肉が落ちそうなので箸でつまんでお皿においてやった。そうしたらKIANが激怒して両手でテーブルをたたいて元へ戻せとわめき散らすく。あわてて骨に肉を刺して戻したのだが、その怒り様は初めて見るものだった。そしてもう一本のチキンのから揚げを頂戴と言ったら、また大きな声でわめいて拒否する。普段は何でも分けて食べるのだが、フライドチキンだけは別格のようだ。こんな横暴な態度は赤ちゃんだけが許される特権なのだろうが、KIANにとっては人生最大の危機だったと見えて、しばらくの間私に対しそっぽを向いていた。       そろそろ赤ちゃんを卒業して子供の雰囲気を出し始めたKIAN。やることなすことにはきりとした意志が伺える。 3.ヤナの日本菓子事件  昨年、KIANのいとこのヤナ(6歳)がマミーと一緒にしばらくマニラに滞在した。その時、私がKIANに日本食材店からお菓子を買ってきてやった。しばらくして、そのまま置いてあるので、封を開けて皆に配った。その後、ヤナがジェーンの部屋でさめざめと泣いていたのだ。ジェーンによると、ヤナがKIAN に買ってやったお菓子を見て、全部自分にくれと申し出て、ジェーンがOKしたのだそうだ。ヤナは学校に持っていって皆に日本のお菓子を見せびらかしたかったらしい。そんないきさつを知らない私は、すでにヤナの持ち物になっているお菓子を開けてしまい、ヤナの希望を打ち砕いてしまったのだ。ならば、「なぜ、私に断らなかったのか、そもそもKIANにあげたものを何故勝手にヤナに与えてしまったのか」と抗議した。しかしジェーンは「一旦、KIANに与えたものは、すでにダダの手を離れてしまったのだから、母親がどうしようとかってだ」と切り返す。私は「ならば、KIANに対する私の気持ちはどうなるのか」と反論したが、理解してもらえない。結局、後から日本の別のお菓子をヤナにあげて、丸く収めるしかなかった。 おいしそうにラーメンをほおばるKIAN。バンクオブコマースがペトロンのガスステーションに移動したので、そこにある日本食チェーン、太った少年、テリヤキボーイで食事をした。普段SAIKA等で食事をしている私にとってはちょっと食べられるレベルではなかった。 […]

食い物の恨みは恐ろしい 2012年2月22日



   ゼネラルへの昇格を目指して、その条件の一つである修士号の獲得のために毎週土日は勉学に通うカーネルだが、この日の土曜日は久しぶりに休みがとれ、皆で豪華ホテルツアーを継続しようということになった。当方もニッパチ(2月と8月閑暇期)のせいか、特に差し迫った用件もない。 New Wolrd Hotelやマンダリン・ホテルあるいはインターコンチネンタル・ホテルなど未探訪のホテルもあるが、やはりシャングリラ・ホテルが一番ということで、再度シャングリラ・ホテルのロビーでランチをとることにした。広々としたところで走り回るのが大好きで、ミルクやオムツなどのお出かけ用具一式の入ったリュックを背負ってロビーを歩き回るKIANはまるでピクニック気分だ。また、ウエイトレスのお姉さんのやっていることに興味を持ってキャビネットの中を覗き込んでなにやら内緒話をしている。  食事はいつもの通り、5人で3皿しか注文せず、後は只のパンでまかなう。今日はKIANの好物のフライドチキン、定番のクラブ・サンドイッチとパンシット(焼きそば)を注文した。ホテルの看板ともいえるパンは中々の美味で、小さなビンに入ったジャムもお土産に格好だ。  クラブ・サンドイッチも具がたっぷりで、なかなかいける。まあ、普通100ペソ程度のサンドイッチが400~500ペソもするのだから、当然かもしてないが。パンシット・カントンがないのでパンシット・ギサド(ビーフン)を注文したが、これは今一だった。  ドリンクも入れて〆て5.5人で3000ペソプラス、決して安いとはいえないが、この豪華な雰囲気の中の食事と思えばリーゾナブルだ(まともに6人分注文したら5000ペソは固いだろうが)。  大好物のフライドチキンを前に大喜びのKIAN。  いつも一番ホテルの食事をエンジョイするのはKIANだ。違った環境では何もかもが目新しい。 テーブルの拭き掃除を手伝うKIAN、そして家ではめったに使わないカラマンシーに興味深々だ。 食事も終わって車を待つ間ロビーを走る回るKIANだが、レストランを紹介する大きなディスプレイの間で立ち止まる。きっとTOY Storyを期待しているのだろう。帰ろうとしたら、KIANはスイッチを切ってディスプレイを消してしまったので、ホテルのボーイがあわてて駆け寄って来てつけ直していた。  

シャングリラホテルで昼食(その2)2012年2月20日


     今や、一人一台にまで普及したテレビやパソコン(ないしテレビゲーム)だが、その影響は1歳児に対しても例外ではない。ヤヤ(子守)が退屈しのぎにテレビを見るので、KIANも一緒にテレビを見ることになる。そしてはじめたのが、このパーフォーマンスだ。音楽がかかると床に寝転んで片足をあげる、きっとテレビのダンサーの真似をしているのだろう。  さらにブルース・リーの空手のテレビを見ると、自分もブルース・リーになった気分でママを相手に空手の試合だ。時にはテレビに向かってもブル-ス・リーの敵に戦いを挑む。また、興奮するとテレビに向かってものを投げつけたりするので、ママはテレビが壊れるのではないかと気がきではない。2歳にもならない子供にとっては現実もテレビ中の出来事もも同じなのだ。 先日韓国料理に招待された際も、湯気の立つ鍋をフーフーしたり、床に寝転ぶパーフォーマンスを見せたり大忙しだった。 KIANにとってパソコンを操ることはまだまだ無理だが、パソコンの前に座ってマウスをいたずらすることは大好きだ。あまりありがたいことではないが、テレビゲームに夢中になる日も近いだろう。  ところで、最近夢中になっているのがToy Storyだ。このアニメに出会ってから、すでに30回以上は見ている。昼も夜も繰り返し見ているので両親もヤヤもテレビの番組を見ることができない。テレビの画面を指差してToy Storyを映写することを要求して、そして歓声をあげながら、夢中になって見ている。どの程度理解しているか分からないが、主人公のカーボーイWoodyになりきっているようだ。その間、ヤヤは他の仕事ができるのでありがたがってはいるが。 この時ばかりはヤンチャなKIANも大人しく真剣にテレビを見つめている。もちろん英語なので会話は理解できないだろうが、そうこうしているうちに英語も理解できるようになってしまうのだろう。  ところで最近、KIANがテレビのビキニ姿のダンサーの踊りを見ているときだった。KIANがママにオチンチンを指差して何かしきりに訴えていた。踊りを見ているうちにオチンチンがが固くなってしまったのだ。KIANにとっては何が自分の体に起きたのか理解できない。ママはおさまるようにフーフーをしてやったのだが、女性の裸をみてオチンチンが勃起するという、動物のオスとしての本能を2歳に満たない子供が発揮したのだ。ちなみに犬は1歳で子供を作り始めるから、別に驚くほど早いわけではない。一方、KIANは多少オカマの気があるのではないかと心配していたが、しっかりと男のようで安心した。  

KIANはToy Storyに夢中 2012年2月17日