Yearly Archives: 2013


8月31日、以前お世話した退職者(Aさん)の紹介で読売TVの番組に出演することになった。「千原せいじ漫遊記、世界ふれあい旅スペシャル in フィリピン」  という番組で、関西地区で毎週日曜日の朝、10時~11時まで放映されている番組だ。今回の録画は9月22日(日)に放映されるそうだが、ディレクターとの事前の打ち合わせによると、千原せいじが自分の足でフィリピンを歩いて、旅行ガイドには載っていない生のフィリピンを取材するという設定だ。Aさんによると私ならフィリピンを知り尽くしているので、最適と紹介していただいたそうだ。 取材中、タレントの写真は遠慮してほしいというので、後ろ向きの写真を載せた  取材陣が、街を取材して歩いていると、たまたま私に遭遇し、千原せいじと出会って、話をするという設定だが、どんな話になるか台本はなく、千原せいじのアドリブで進められるとのこと。何を聞かれるのか、ちょっと不安もあったが、正直に思うところを話せば良い、とのことで何とかなるだろうと本番に向かった。  KIANは取材スタッフとあっという間に仲良くなっている  まず、私から取材陣に声をかけて、話が始まる。質問は「日本人があたりまえにやっていて、フィリピン人にとってはとんでもないこと。」という質問。これは得意とするところで「人前でフィリピン人に恥をかかせてはいけない、叱ってはいけない。これをやったら、例え夫婦といえども、二人の関係は、それでおしまいだ。」と答えたが、これはすでに数百回繰り返して話していることだ。次は「フィリピン人には当たり前でも、日本人にとってはとんでもないこと。」という質問。「これはレストラン等での子供たちの無礼講だ。フィリピンでは子供は何でも許され、いくら子供が騒いでも周囲はにこやかに見守っているが、日本人は皆、顔をしかめて目くじらをたてる。そしてもし仮に子供を直接しかりつけたりしたら、逆に親から文句を言われる。フィリピンで子供は天使であり、家族そして社会の宝なのだ。」  取材後は皆で記念撮影。タレントと一緒の写真は掲載できない残念だ  最後の質問は「日本人にとってフィリピンの良いところは」、フィリピンは「近い、優しい、そして安いの3つのI(愛)に集約される。特に子供、妊婦、老人、そしてハンディキャップのある人への優しさはひとしおだ。だから、フィリピンではこのように弱者は皆幸せに生きている。お金があれば幸せとは限らない、フィリピンは多くの人が貧困にあえいでいるが、皆それぞれ幸せなのだ。そしてフィリピンは介護天国であり、その証拠にフィリピンにはフィリピン人向けの介護施設はない。なぜならば、親を介護施設においやるような不謹慎は子供はいないのだ。」 何をやっているのかはっきり認識しているのかどうかは定かではないが、KIANはおおはしゃぎで主役を演じている  取材は、外で行われたが、しばらくするうちに我が家のメンバーがまわりにいて見守っていた。KIANは一緒に取材に応じようと私の足に絡み付いてくる。ほんの5分足らずの取材だったと思うが、上手な質問をしてもらって、フィリピンの良さを強調できたと思う。 取材スタッフは、皆とても親切で、KIANのお相手をしてくれる  フィリピン人は写真を撮ってもらうことが大好きで、TVに出演できるとなると大はしゃぎだ。たった三才のKIANも例外ではなく、取材後、取材陣と記念撮影やら、大きなマイクに向かってなにやら一生懸命、歌を披露していた。取材陣にはフィリピン人気質を多いに満喫してもらったと思う。これぞこそ、ガイドブックには載っていないフィリピンの真の姿だ。彼らが、どれだけTVに出演させてもらえるかわからないが、私の受け答えよりも、ずっと真実を語るものだと思う。 取材はとっくに終わっているが、スタッフが差し出すマイクに向かって一所懸命に歌を披露するKIAN

読売テレビの取材 2013年9月1日


2013年8月1日より、ビザ無しで入国した場合、空港で与えられる入国ビザが21日から30日に延長された。従来は21日だったので、退職ビザの申請において、それまでにビザが発行されず、ビザの延長を余儀なくされたことが、ままあったが、これからはその心配はほとんどなくなった。チケットの予約においても、とりあえず21日で予約して、後で延長するなどのわずらわしさもほとんとなくなるだろう。  入管の発表は得てして、空港では実行されずじまいのことが多かったが、8月1日以降に入国された方のパスポートを見ると、確かに30日有効のスタンプが押されていたので間違いないようだ。ちなみに、有効期間30日は、入国の翌日から勘定されるので、入国日を入れて31日目が滞在期限となるので、チケットを予約する際に気をつけて欲しい。  ビザの延長は、一回目が29日、入国の翌日から59日有効となる。これは従来と同様だ。一方、2回目の延長は従来の2ヶ月ではなくて、6ヶ月の延長ができる。ロングステイを計画している方には面倒がなくなる。  しかし、このビザ(9aビザ)で滞在できる期間は16ヶ月までと、従来の2年間よりも短縮されているので気をつけて欲しい。期限が近づいたら一旦、出国して、再入国すればよいので、さほど大きな問題ではないと思う。しかし、9aビザを繰り返し延長していると、入管から疑問視され、退職ビザなどの目的に見合った長期ビザをとるようにアドバイスされる。  なお、6ヶ月以上連続してフィリピンに滞在した場合、出国許可証(ECC)を取らなければならないので気をつけて欲しい。出国予定前、十分な余裕を持って申請して欲しい。  なお、このビザでフィリピンに滞在することは可能だが、銀行口座を開いたり、就学あるいは就労することはできないので、それぞれ目的にあった長期ビザを取得することが肝要だ。 洪水のおかげで先週は5連休となったが、今日26日(月)は英雄の日で祝日、3連休となった。久しぶりの休日をゆっくり過ごすことができたカーネルを伴って、皆でサイカに行って昼食を楽しんだ

入国ビザが30日に延長されました 2013年8月26日



8月18日(日)夜半、激しく降り続いた雨は、恒例のマニラ名物の洪水、道路冠水を予測させるに足るものだった。この日は、朝9時から打ち合わせの予定があり、客からは、今日のミーティングは行われるのかと朝、早くから携帯メールが入っていた。一方、ミーティングの相手、デベロッパーからは、当然のことながら何の連絡もない。周囲の反対を押し切って、行くだけは行って見ると勇んで家を出た。 しかし、コンドミニアムの外の道路に出てみると、そこには道路はなく、まさに川だ。水深は40~50cmはあろう、車が通れる代物ではない。マニラのマニラたる所以を思い知った。 ひざうえまで水位があるから、50cm程度はあるだろう 通りを行くのはゴムボートを押して、救助に向かうその筋の人だけで、さすがに道行く人はいない こんな状況では、もはや、何も迷うことはない。客にメールを入れて、ミーティングの中止を告げ、事務所に戻り、E-メールでデベロッパーに次回のアポを取り直した。デベロッパーからは相変わらず、無しのつぶてだ。我が家があるエリアは道路より1m以上高くなっており、特にこれといった状況にはない。しかし、皆、家に引きこもっていると見えて、車が道にあふれている。 テレビではいち早く首都圏の官庁は、すべて休みとアナウンスしており、ところによっては車が水没するような状況にあることを報じていた。実際問題、マカティの中心部は全く冠水はなくて、平常に機能している。しかし、いたるところで道路が冠水しているために通勤してくる従業員が事務所にたどり着けないのだ。そのため、官庁はもちろん、民間会社も休みにしてしまうところが多い。 昼近くになって、雨も収まっていてので道路の様子を見に行った。多少は水位は下がっていたものの、まだまだ、車が走れる状態ではない。しばらく眺めていると、無謀にもこの水の中を走っていく車があった。とんかつ屋の主人によると、30人前の弁当を買って、ミーティング中の日本人会の方々に届けるのだそうだ。後で知ったことだが、ほとんどのレストランは閉まっていて、こんな時に働いている日本人は兵糧攻めにあってしまったのだ。だから、運転手は洪水などにかまっておられず勇気を奮って水煙を上げながら爆走していったのだ。  午後になると、30cm程度に水位も下がってトライシクルやパジャック(3輪自転車)が走り始めている。 こんな時は彼らの稼ぎ時なのだ。道路を渡すだけでお金を支払ってくれるのだから 水位が10cm~20cmくらいになると、人々は、ほとんど日常の暮らしを取り戻すようだ。  この程度になれば、三菱パジェロなどのSUVは悠々と走ってゆく。だから、マニラではSUVが必須で、自家用車の半分くらいはSUVではないかと感じる。 そして、この夜、再び猛烈な雨が降って翌19日(火)も、官庁は休みとなった。それに21日(水)ニノイ・アキノ・ディで元々休み、したがって17日(土)から、思いがけない5連休となってしまった。ちなみに今回の大雨は、ルソン島の北を通過して台風マリン(12号)の影響で南西季節風が吹き込みが強まり、3~4日も雨が続いた。合計の雨量は1000mmに達するところもあって、2009年にマニラを襲った台風オンドイに匹敵する被害をもたらしたそうだ。しかし、洪水に慣れっこのマニラ子は屁にも思っていないようだ。

恒例の洪水で思わぬ5連休 2013年8月25日


中国経済の勃興も一段落した感があり、今、日本が目を向けているのが、東南アジアだ。いつも取り残された感じが強かったフィリピンにも熱い視線が向けられている。グロリエッタやグリーンベルトそしてモールオブエイシアなどに日本の居酒屋チェーンやラーメン・チェーンを初めとする本格的和食レストランの開店が相次いでいる。先日は安倍首相もフィリピンを訪問して、アキノ大統領などと経済協力を話し合い、親交を深めた。中国、韓国との首脳との会談が実現しない今、まさに東南アジアが日本の良きパートナーとなりつつあるようだ。  どこの国でも同じことだが、市場として成り立つためには中間層の果たす役割が大きい。中国、インドそしてブラジルなど、経済勃興の鍵は中間層の躍進だった。最近、日本人商工会議所の月報(2013年1月号)で、面白いデータが発表されていた。フィリピンの世帯収入毎の収入の分類と世帯数だ。 社会階層  世帯収入(ペソ/月)世帯数(万)と割合(%)日本物価換算収入      富裕層    15万ペソ以上    4 (0.2)    150万円以上 中間層(A) 10万~15万     18 (0.9)    100万~150万円     中間層(B)  2万~10万     380 (20.6)    20万~100万円 貧困層  […]

フィリピン経済勃興の鍵、中間層 2013年8月11日



 ここのところ、もっぱらお世話になっている花街がエイシアン・エンターテイメント・ネットワーク・マニラだが、安心、信頼、満足の3拍子そろったお店だが、その灯が消えようとしている。先日、日曜日、客を案内して、久しぶりに覗いたところ、看板のネオンは輝いてはいるものの、ドアにはCLOSEという小さな看板が掲げられて、「消毒で臭いので今日は開けられない」と、ガードが訳の分からないことを言っていた。そのままでは、客がおさまらないので、隣のDynasty Realに行って様子を聞いてみた。  そこのママさんの説明によると、土曜にNBI(検察庁のような組織)の手入れがあり、フロア・マネージャーや女の子、150人ほどが連行されてしまったそうだ。居合わせた客は、勘定を済ませて帰らせられ、何もなかったらしい。月曜になれば、NBIのオフィスが開くので、話がついて店も再開されるだろう、もし、そうでないと長引くかもしれない。他人事ではないので、ママさんは心配そうに話をしていた。  そして、火曜日に様子を見に行ったら、逞しく再開していた。しかし、謹慎・自粛中で、舞台のダンスはツーピースのセクシーダンスまで、テーブルに女の子を呼ぶことはできても、それ以上のサービスは一切無し。まさに、フィリピンのナイトクラブとしては半身どころか、全身麻痺状態だ。ウエイトレスたちは「Well Come Back」と、やけに愛想が良い。店が閉鎖されてしまっては、彼らは職を失うわけで、まさに、復活を祈っている様子がひしひしと伝わってくる。店の存続は偏にわれら顧客のひいきに頼っているのだから、愛想が良くなるは当たり前だ。  しかし、客足はまばらで、女の子の数もかつての3分の一程度、いつも10時くらいになると満員だったころが嘘のようだ。馴染みのマネージャーや女の子の話によると、かなりのマネージャーがNBIに拘束されたままヒアリングが継続しているそうで、それが無事に完了したら、元のように戻るであろうとのこと。ちなみに、席に着いた女の子は、当日、NBIの事務所に連れて行かれヒアリングをされたが、それだけで、解放されたとのこと。マネージャーはストックルームに2時間もの間、隠れていて難を逃れたそうだ。  そうなると、可哀想なのが、女の子達だ。出勤しても、テーブルに呼ばれてドリンクのコミッションだけでは足代位にしかならない。だから、半数以上は家で寝ていたほうがましとばかり出勤しないそうだ。もっとも客足もまだまだだからバランスがとれてはいるが。  数日後、件の客とよからぬ企みを持って、お店に行った。それは女の子をデートに誘って、外で抜け駆けをしようというものだ。収入がほとんどなくなってしまったかわいそうな彼女らを救おうといういうボランティ精神なのだが、店には少々後ろめたいところだ。  女の子達は、二つ返事だったが、デートの当日、見事にすっぽかされてしまった。客がボランティで提案したのだから、これを素直に喜んで見せる、これもまた、彼女らの営業トークらしい。そうなると、一刻も早く、元のエイシアンの復活を願うところだ。決して、ミス・ユニバーサルの後は追わないで欲しい。

また一つマニラ名物の灯が消えた(その6) 2013年8月5日


しばらく前にカラバオヨーグルトのことをブログに載せたら、KKさんから、彼は自家製のヨーグルトを楽しんでいるが、いずれ種菌を分けてくれるとの話があった。前回も紹介したようにフィリピンではプレイン・ヨーグルトを入手するのは極めて難しいので、とてもありがたい話で、その日を楽しみにしていた。ちなみにKKさんは一昨年ご両親を伴って移住してきた、いわば介護移民だ。 東北人の朴訥さと人の良さを絵で書いたようなKKさんの人柄はKIANにもわかるようで、2年振りの再会にも関わらず、親しげに寄り添ってツーショット(1歳半だったKIANが覚えているとは思えないが)。後方左は奥さん。   マニラ北方、150km、ヌエベエシア、カバナツアン市にお住まいのKKさんは、この日、5時間かけてやってきた。種菌と牛乳一パック、それに4つの容器など、必要道具、一式をを持ってきてくれた。 牛乳1リッターパックと種菌。牛乳はなんでも良くて、カラバオやヤギの乳でもOK     作り方はいたって簡単で、容器を熱湯消毒して、牛乳を250cc入れる、それに種菌のヨーグルト大匙一杯をいれてかき回す。ふたをして、4~6時間置いておいて、容器を傾けて、中が固まってきたら出来上がり。冷蔵庫に入れて保存するが、できたヨーグルトは次回、種菌としても使える。そうやって、長年、種菌を維持することができるが、長期に作らない場合、種菌を冷凍庫で保存する。 種菌といってもただのヨーグルトなのだが、どこか、とろーっとした感じだ  この、種菌は、知人がカスピ海から持ってきて人に分けたのが始まりだそうで、室温で作れるのが特徴。普通は40度に維持しなければならないので、保温装置が必要になる。早速、朝方買ってきたカラバオミルクで試してみたが、見事成功。1~2週間は持つそうなので、週に1~2回、牛乳1パック分作れば十分だ。味はいたって淡白だが、古くなるとヨーグルト独特にすっぱみが出て来るそうだ。さらに常用すると、お腹の善玉菌を増やし、悪玉菌を追い出し、お通じがとてもよくなるそうだ。 牛乳1パックで、250ccづつ、4つ。これだけあれば、1週間ぐらいもつ  ヨーグルトの話が終わるとしばらく雑談していったが、KKさんの2年間のフィリピン・サバイバル生活は、いらいらすることばかりで、奥さんとの口げんかも絶えないと言う。私なりの、日本人とフィリピン人の違い、摩擦について、述べさせてもらったが、こんなに柔和なKKさんでさえ、こうなんだから、我々凡人は一体どうなるのか想像がつかない。 この日(7月27日)は、安倍首相の来比とあって、大統領との会談の開かれたインターコンチネンタル・ホテルの脇のアヤラ・アベニューには、歓迎の国旗が掲げられていた

自家製カスピ海ヨーグルトに挑戦 2013年7月28日



7月も半ばを過ぎると、マニラにはいよいよ本格的な雨が降って、道路の冠水も日常茶飯事となる。パソンタモ通り沿いの和食レストランやカラオケが集中するリトル東京/マカティ・スクエアあたりは、よく道路冠水が起きることで有名だ。道路冠水の原因は、もちろん大雨だが、小一時間ほど、ちょっと強い雨が降るだけで、低い場所にある道路は簡単に冠水してしまい、いたるところで道路網が寸断される。ジープニーやSUVならば、水しぶきをあげて走り去るところだが、タクシーなどのセダン・タイプの車は、かなり必死の覚悟で走らなければならない。一旦エンジンが止まってしまうと、排気口から水が逆流して、エンジンがかからなくなってしまうためだ。こんな時に役に立つのがエンジンのない車、すなわち自転車なのだ。 道路冠水は雨季(6月~11月)のマニラの風物で、いたるところで、道路が冠水し、交通が麻痺する  10年ほど前にパソンタモ通りではかなり本格的な下水道工事が行われたが、効果があったのは1~2年で、すぐに元にもどってしまった。そもそも、マニラは地形が平坦だから、いくら道路に沿って排水溝に埋設したとしても、勾配がほとんどないから、流速も小さくて、土砂やごみが堆積して排水路の断面がすぐに小さくなるか、ふさがってしまう。  フィリピンでは予算の関係か、メンテ(維持管理)というものをほとんどしないから、せっかくの排水溝が宝の持ち腐れになってしまうのだ。もし、適切な勾配を維持しようとしたら、末端で水位が海面以下となって流れる先がなくなってしまう。そのため地下に大規模な貯留槽を作って、ポンプでくみ出す等、大規模な工事が必要になるのだが、そんなことは予算の関係でとてもできない。  しかもフィリピン人の悪い習性として、ゴミは下水に捨てるということがまかり通っている。特にスコーターではこの傾向が顕著で、行政の頭痛の種となっている。そんなわけで、道路冠水は雨季のマニラの風物誌として不動の地位を守っているのだ。 2009年台風オンドイによる首都圏の洪水被害は、我がコンドミニアムの前の道路も1m近い水位となってしまい、2週間近く首都圏の機能が麻痺した。    ところが、2009年、台風オンドイの影響で首都圏マニラを襲った大洪水はちょっと事情が違う。マニラの排水を一手に引き受けるパシッグ川が、上流からの大量の雨水と、満潮が重なって、水かさを増し、堤防を越えて陸側に流れ込んでしまったのだ。その結果、空からの雨水と川からの雨水が溜まって、まさにマニラが大きな水溜りになってしまったのだ。この時は排水溝がパシッグ川に流れ込むところに設けられている水門やポンプは、なんの役にも立たなかった。  本来、マニラ上流の雨水は一旦ラグナ湖にためて、大雨の後、徐々に海に流す洪水対策が取られている。この時は、ラグナ湖の水位が上昇して、貯留池としての役割を果たすことができず、大量の雨水がパシッグ川からマニラを襲った。すべてが想定を上回る大雨のために起きたのだが、その辺の解決策は政府レベルで進められているはずだ。 パシッグ側の水位が高いときは水門を閉めて、雨水の逆流を防ぎ、同時にポンプで排水する。従って、満潮で水位が高いときに強い雨が降ると、雨水の流れる先がなくて、至るところで道路冠水が発生する  さて、いよいよ本題だが、マニラ市は、最近、スーパー等で使うレジ袋をすべて紙製のものに変更するという施策を実行した。そこで、運転手役のボボイに質問した。「何故、プラスティックの袋を紙袋に変更したのか?」と。彼は、「知らない。」と答えた。さらに「それは良いことか?」たずねたら、「良くない。とても不便だ。」と回答し、会話は先へ進まなかった。  さらに。17歳のキムに同じ質問をした。キムは「それは地球のCO2を減らし、オゾン層の減少を防ぎ、地球の環境破壊を防ぐためだ。」と学生らしい回答だった。しかし、これではマニラ市の役人の思いを全く理解しておらず、市民の協力を得るまでは道のりは遠い。 首都圏の小売店の袋はすべて紙製に換えられた。紙であれば、薪代わりに使うこともできるし、捨てられてもいずれ溶けて流れて下水管を詰まらせることもなかろうというわけだが、その努力は報われるのだろうか  そこで今度はジェーンに質問した。ジェーンは即座に「下水道を詰まらせているプラスティックのゴミを減らし、洪水の元凶となっている排水管の詰まりを解消するためのものである。」と回答した。さらに続けて、「私は、買い物袋を持って買い物に行くので、紙の袋さえも必要としていない。それを徹底するために、いっそ、レジの袋を有料にすればいいのだ。」という、模範解答が帰ってきた。   そこでボボイの回答を披露すると、「庶民は、公共の利益については全く関心がなく、自分の利益だけを追求している。なかには、下水管をプラスティックで塞いで道路冠水をわざわざ引き起こし、それで、人や荷を運んだりしてチップを稼いでいるけしからん輩までいる。だから交通整理の係官は雨が降って交通整理の仕事がないとマンホールがプラスティックで覆われていないか見回っているのだ。」と憤慨し、庶民の意識の低さを憂いでいた。庶民レベルまで彼女のような意識を持ったら、マニラももっと住みやすくなると思うのだが、先の長い話だろう。

道路冠水/洪水と紙製レジ袋の因果関係 2013年7月20日


私のビジネス・パートナーであり、かつパスコの社長であるメリージェーン・ゴメスと国家警察のカーネル・ヤン(ヤン大佐)がいよいよ正式に結婚することになった。彼らは3才になる息子、KIANをもうけ、実質的にはとうの昔に夫婦で家族を形成しているのだが、現在まで正式な結婚はしていなかった。理由は定かではないが、今月になって急に結婚すると言い出したのだ。  披露宴の場所は、彼らの息子のKIANのバプティスマルのパーティを行ったマカティ、ジュピター通りのルートン・マカオ、パスコご用達の安くてうまくて量が多いという三拍子そろった中華料理店を借り切って行う。集合は12時、例のごとく解散は未明だが、是非ふるって参加して欲しい。なお、参加の際は、kazutamishiga@yahoo.co.jpに一報ください。 今回は、いわば人前結婚式で、マカティ市役所で市長の面前で式を済ませる。フィリピンでは牧師、市長、判事などが結婚式の証人として婚姻の証明を行うことができるが、その証明書を市役所に提出することにより、婚姻が成立する。そして、披露宴は別途レストランやホテルあるいは自宅で予算に応じて行われる。  結婚式には証人として数組のニノン、ニナン(仲人)が出席して、書類にサインを行うが、これがまさに結婚式に欠かせない重要な役割で、日本人招待客とフィリピン人女性とペアになってその役割を担ってもらおうとしている。   カーネルの連れ後のキムは17才、3才のKIANを含めて、4人は理想的な家族を形成している。それに強いて加えると私がおじいさん役、それにジェーンの弟と双子の子供、さらにヤヤで、我が家は9人の大家族だ  二人は共にビコール地方アルバイ県の出身だ。だから、地元で、家族や姻戚、さらに地元の有力者を招いた結婚式は欠かせない。12月の末、皆が帰郷した折に、パート2として、さらに教会の結婚式を行う予定だが、その時は数百人の招待客が押し寄せるのではないかと予測される。披露宴はレガスピのホテルと、わがビバリー・ファーム(農場)両方で行う予定で、それぞれ、100~150人の招待客になるそうだ。農場で行う分は、食い物と飲み物だけで済むのでかなり安く済むが、レガスピのホテルとなると相応の費用がかかるだろう。農場の場合、KIANの1歳の誕生日には150人の招待客があったので、天気さえ良ければ全く問題ない。もし、こちらに参加されるという方がいたら、是非お願いしたい。  これだけのイベントの予算はどうなるのだろうか。私には何の相談もないので、あてはあるのだろう。ざっとはじいても100万ペソくらいの出費は覚悟しなければならないだろうと思うのだが。 すでに和気あいあいの家族だが、法的かつ宗教上の結婚はフィリピンでは重要な意味を持つ

ジェーンの結婚式のお知らせ 2013年7月19日



肺炎を患って以来、ほとんど一週間、ベッドの上で寝たり覚めたりして過ごしたが、その間、気がついたことがある。普段、朝あるいは夜中に目が覚めると、いわゆる朝だちで、しばらくの間、小便をするためにトイレにいけない。ところが、この一週間は、目が覚めると、すぐにトイレにいけるのだ。やることもないから、注意深く観察してみたが、どうも、朝だちがないようなのだ。もちろん、こんな時に女性のことを考える余裕もないが、実に肉体も精神も淡白になっているようだ。病気だから当たり前なのだが、どうにも気力も活力もどこかへ行ってしまったようで、夢もチ望もないといった気分だった。  男は何故、朝立ちをするのか、子供のころはおしっこが漏れないように固くなっているのだ、などと思っていたが、どうもそれだけでは説明できない。なぜなら、いつ起きても朝立ちしており、どうも寝ているときは、常に勃起しているようなのだ。肝心なときは、ついごめんなさいをしてしまうくせに、睡眠中は、数時間、連続して元気でいるらしい。そうなると男は皆、絶倫である素質をもっているのではないかと思う。この辺のメカニズムは、是非、例の生理学者の先生に教えを請うて、実践に活用したいと思う。  そして、一週間経過後、相変わらずベッドで寝起きを繰り返していたのだが、目が覚めると、朝立ちしていることが認識できた。まだ、なんとなく心もとないが、たしかに朝立ちだ。そして、2週間経過後、前のようにしっかりと朝立ちしており、しばらくの間、トイレにいけない状態になった。このことから、私は、心身ともに回復したのだと確信することができた。どうも、男にとって勃起とは健康のバロメーターのようだ。Yahooのサイトにアクセスすると「スッポン8倍を飲むと、あのころの逞しさが甦る」なんてコマーシャルが目に付くが、まさにそれだ。  ところで、最近、件の生理学者のメールマガジンに「高齢者のセクシャル・ヘルス」という記事があった。ヒトは死ぬまで性行為ができるように設計されており、アメリカの研究では75~85歳の男性の40%近くが定期的にセックスをしているということがあきらかになったそうだ。老人ホームでも性を抜きにしてあるいは性に目をつぶって運営をしていくことはもはやできないそうだ。性には無縁と思われていた高齢者が、老人ホームで青春を謳歌する時代になっているのだそうだ。  WHOでは人間が健康を維持して長生きをするには、 ①     セクシャル・ヘルス ②     フード・ヘルス ③     スポーツ・ヘルス が必要で、なかでも①セクシャル・ヘルスがもっとも効果があるとしている。 そしてその効能のベスト10は ①     ストレスを和らげる ②     免疫力を上げる ③     カロリーを消費する ④     心臓疾患のリスクを低減する ⑤     自尊心を高める […]

肺炎にかかってしまいました(その3)2013年7月14日


肺炎にかかって3週間が経過した。医者の完治宣言は出ていないものの、もう薬もやめて、ほぼ平常の生活にに戻っている。幸いだったことは6月21日(金)の罹病以来、臥せっていた初めの1週間はほとんど来客や用事がなかったことだ。2週間目の病み上がりには、毎日数時間程度の用事でゆっくりと休養がとれた。そして、ほぼ、体調が整った今週は、急に仕事が舞い込み始めて、多忙ともいえる一週間だった。  最初の数日の具合が悪いときは食事も喉を通らず、一方、栄養を取らないといけないので、栄養ドリンクやら果物やら、食べやすいものを食べた。口がまずくなって普段食べていた納豆ご飯中心の粗食は食べる気がしなかった。そうしたら、血糖値が200~300程度まで上がってしまい(正常値は、空腹時で 110、食後で150程度)、いかんともしがたい状況に陥った。長年、薬に頼らず食事の節制と運動で血糖値をコントロールして来たものが、肺炎でその辺の作戦がしっちゃかめっちゃかになってしまったのだ。  医師に相談すると、病気をすると体がその病気に対して臨戦態勢となるために血圧と共に血糖値も上昇する。しかし、血糖値が高すぎるということは血の巡りが悪くなるので、病気への抵抗力が低下する。したがってやはり血糖値のコントロールが必要なのだそうだ。この際、血糖値は薬でコントロールすることにして、栄養は十分とるようにして、安静にしているようにとの指示を受けた。最近、発売された薬で副作用がなくゆっくり血糖値を下げる10年に一度出るか出ないかという良薬というのを処方してもらった(Januvia 50mg 一日一回服用)。肺炎が完治した時点で、血糖値のことは考えることにして、当面、今まで控えてきた肉や揚げ物などおいしいものを遠慮しないで食べることにした。  そして、今、念頭にあるのが、崎谷医師の提唱するナチュラル・パレオという食事法で穀類(米、麦、豆、いもなど)の摂取をやめ、肉・魚、果実や野菜・海草などだけを摂取するというものだ。この食事法は血糖値のみならず、ダイエットにも効果があり、高血圧、癌、認知症などあらゆる生活習慣病を劇的に改善するというのだ。すでにかなり有名なものだが、かつては、こんな偏食が体にいいはずがないと、興味がもてなかった。しかし、最近、私に毎日送られてくる生理学者からのメールマガジンでこの食事法を推奨していたことに着目した。その理由は下記だ。 ①人類の700万年の歴史において、穀物中心の食生活になったのは、ほんの1万年前の話だ。それまで、人類は700万年のほとんどを、狩猟や採集で食料を得てきた。その間、食べていたものは肉や魚、果物や木の実、さらに山菜・きのこ・海草などだけだ。 ②農耕が始まって人類は安定して食料を得ることができるようになり、劇的に人口が増えた。そして主食は米、パン、麺、ジャガイモ、豆などの穀物類となった。 ③元来、人類の体は、穀物、すなわち炭水化物ないし糖質からカロリーをとって生きるようにできていない。穀物が主食になったときから、人類は高血糖となり、さらに癌、脳溢血などの病を抱え込むはめになった。現代では、飽食も加わってメタボリック症候群と呼ばれ人類最大の敵となっている。 ④従って、人類は、原始人の食事、すなわち、穀物を摂取しない食事法により、これらの病、メタボから逃れることができ、健康を維持して長生きができるのだ。  この話は、なんとも納得の行く、説得力のある話だ。今まで血糖値をコントロールするために、カロリーの高い肉類を避けご飯と納豆に味噌汁、そしてたまに外でちらし寿司や冷やし中華をとるという私の食生活は、どうや根拠の薄いものとなってしまったようだ。  さらに、かの生理学者は、野菜や穀物だけしか食べないベジタリアンは癌を促進するものとして否定している。かの有名なアップルのスティーブ・ジョブスや女優のオードリー・ヘップバーンもベジタリアンだったが癌で他界した。だから、肉や魚を食卓から排除してはいけない。狩猟や採集で集めたものを食する、すなわち原始人の食事が人体には理想的なのだそうだ。  かと言って、穀物を排除したら人類は、食糧不足となって生き延びていけない。しかし、飽食の中にいる我々は、穀物を最小限にして、肉や魚、そして野菜中心というのは、取り組みやすそうだ。言い方を換えれば、おかずばかり食べていればいいというなんとも贅沢な話だ。しかし、ラーメンやおにぎり、そしてサンドイッチやスパゲッティが食べられないのは辛いことかもしれない。  また、いくら穀物を控えたとしても、肉や魚を食べ過ぎてもいけない。カロリー制限は長寿の秘訣であることは、マウスの実験でも明らかにされているそうで、原始人食という限り、ある程度空腹・飢餓状態が必要で、それにより細胞が活性化されて、健康で長寿を満喫できるそうだ。  マックやジョルビーでハンバーガーを食べて、フレンチフライをつまんで、砂糖たっぷりのコーヒーやコーラを飲んで、さらに、おやつにポテトチップを食べていつもお腹一杯、なんて食事が最悪であることは言われなくてもわかる。穀物を植物油であげたジャンク・フードがフィリピンのコンビニにはあふれているが、これは、やがてフィリピンの子供達の健康と精神を破壊するに違いない。だから、KIANがジャンク・フォードの袋を抱えていると、周囲に私から檄が飛ばされ、家の中からジャンク・フードが追放されるのだ。 […]

肺炎にかかってしまいました(その2)2013年7月14日