Monthly Archives: March 2017


用事があって退職者のゲストを伴って農場のあるビコール、タバコ市へ出張することになった。その話を横で聞いていたKIANは即座に自分も同行すると宣言した。一年ぶりの農場行きとなって、夏休みに突入したKIANをマニラに残していくということはありえないので、2泊だけだよと言い聞かせて同行させることになった。 NAIAターミナル3の登場口で、笑顔を押さえきれないKIAN、一本歯がちょっと気になるが ひょんなことで日本旅行が実現したKIANにとっては、農場行きは当然のことと受け止めているようだ。幸い、早めにチケットを確保したこともあって、4人で1万ペソ強と、一人片道1000ペソちょっとという格安のチケットを確保することが出来た。 ボニファシオ・グローバル・シティとアメリカン・セメタリー、周りにいくらでも土地があるのにここだけに高層ビルがひしめいている しかしながら、KIANはそのまま2ヶ月の夏休み中、農場に滞在しようと企みがあった。家族の誰か一人でも一緒に農場に滞在してくれればいいからと、私に執拗に頼み込んできたが、いくらなんでも2ヶ月も仕事を休むわけにはいかない。その代わり、ホリーウイークを長めに休んで、4月1日からホリーウイークの終わるまでの2週間、農場に滞在するということで話がついた。昨年末の台風で農場がかなりの被害を受けたので、その修復のためにも一石3鳥の休暇となるわけだ。 マヨン火山は残念ながら雲の中、それでも両手をひろげて大喜びのKIAN 4月18日(土)、パパカーネルが運転するハイエースでNAIAターミナル3へ向かうKIANは終始ご機嫌で、久しぶりのレガスピのエアポートにおりたつと、その喜びを全身で表していた。農場に到着すると、早速、お気に入りのプールで水遊び、さらにトライシクルで遊び、さらに動物たちとのあいさつに忙しい。 たったの2泊だからプールに水を入れることを躊躇していたママ・ジェーンを説得して水を入れさせたが、そんないきさつはお構い無しにKIANははしゃぎまわっている。 ダシン叔父さんのトライシクルはKIANの格好の遊び場だが、マフラーに足をふれてやけどをしてしまった 豚が丁度お産をした後で、9匹の子豚が可愛い。しかし、農場の主のカラバオは死んでしまったそうだ 二匹のサルが飼われていた。前回の訪問中に死んだしまったのだが、再び手に入れたようだ。しかし、どういうわけか2匹とも雄だった 農場にはママ・ジェーンのお兄さんのアラン一家が移り住んでいた。一年ぶりだから、赤ちゃんが子供になって歩いているのが当然だが、もう一人、赤ちゃんがいたので、混乱した。どっちがどっちなのかわからなくなってしまった。聞いてみると、つい2ヶ月前に新しい子供が生まれたのだという。なんともはや電撃的なすばやさだ。これでアラン叔父さんは3人の妻にと6人の子供を作らせたことになる。しかし、面倒を見ているのはこの二人だけで、あとは、元妻の実家やおばあちゃんが面倒を見ている。もっとも4人目の子供ヤナ(10歳)は元々農場に居候しているので、現在は一緒に暮らしてはいるのだが。ちなみにヤナのお母さん(アランの二人目の妻)は癌で他界しており、それまではダバオで生活していた。 アリヤナという名前のこの子は姉さんのヤナとほとんど同じ名前だ。 一方、アランの元妻(正式な妻)もアランと別れた以降、複数の男性と5人の子供を作っているそうだ。アランの前に一人、アランと3人、そして5人、合計9人の子をなしたという子作りの達人だ。長女のアライサは、今年20になるのだが、現在、レガスピの名門私立大学に通っている。将来クルーザー(豪華客船)の乗組員になって世界を回り、8人の兄弟を学校にやるのだと頑張っているとのこと。そのためにHRM(Hotel and […]

KIANの農場訪問、2泊3日の旅 2017年3月26日


2011年末の改訂版の発行から5年を経て、内容が一部陳腐化しているので全面的に見直した。また、フィリピン移住目的の多様化に対応して、不動産売買の実務あるいは、お子さんのフィリピンでの就学等についてページを割いた。表紙は、2008年5月発行の初版と同じ黄色い無地で初心に帰った面持ちだ。発行は、4月上旬、新刊は書店に並ぶので、是非、手にとって見て欲しい。   旧版は、フィリピン生活のバイブルとの評価を多方面からいただいたが、新版も同様に座右の書ないしバイブルとして多くの方々に愛用していただくことを願っている。

「新・金無し、コネなし、フィリピン暮らし」の発刊のお知らせ 2017年3月17日



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KIANの偏食は留まることを知らない。食べるものはせいぜい10種類くらいで、白いご飯、バーベキュー、魚のから揚げ、アイスクリーム、それにスナック菓子くらい、それに私の影響で、味噌汁、海苔、納豆を食べるが、野菜は全く口にしない。不足するビタミンはビタミン剤で補うといった按配だ。白いご飯には醤油をかけて食べるのだが、おかず無しでも茶碗二杯くらい平らげる。味噌汁にご飯を浸して食べる猫飯も大好きだ。味噌汁、納豆、海苔を食べるのがせめても幸いだが、これは、赤ん坊のころ毎日3食、私の傍らで食事を取っていたことによる。 玄米がビタミン豊富で白米とは比較にならないくらい栄養に富んでいることは常識だ。考えてみれば、農場でとれるお米を精米しないだけなのだから、いくらでも手に入る。KIANの野菜不足を補うには持って来いではないか。そういうわけで、まずは圧力鍋の調達に走ったが、どうしても見つからない。一方、スーパーでは玄米(Brown Rice)を簡単に見つけることが出来たが、なんと2kgで200ペソ程度。普通のお米の2倍以上だ。精米の手間を抜いただけなのだから白米よりも安くてよさそうなものだが、籾を投入したら自動的に白米になって出てくるので、それを途中で止めるのはかえって手間がかかるのだろう。 オーガニック・ブラウンライス(有機玄米)は高級食材だ  玄米の袋には一晩水につけておけば、普通に炊けると書いてあったので、ためして見た。しかし、水加減のせいか、食べられたものではなかった。息子にそのことを話すと、玄米100%ではなくて、半分とかにするのが常識とアドバイスされた。それで、半分程度に減らしたら、べちゃべちゃした感じはするものの食べられる程度に炊けた。 玄米ご飯はいかにもまずそうだ  そこでKIANに振舞ったのだが、そうでなくても好き嫌いの激しいKIANは一口食べてうんざりした様子で、その後口をつけなかった。しかし、KIANの健康のためにと心を鬼にして「台風の影響で農場のお米の出来が悪くて、こんな米しかない」とだましながら食べさせた。もちろん、私も玄米を食べているのだが、メイドやアリアはジェーンの言いつけで白いご飯を食べ続けた(玄米は倍もするのでもったいないということなのだろう)。一度、KIANの横で、これ見よがしに白いご飯を食べているので、叱りつけて台所においやった。すかさずKIANに、「なんで彼らは白いご飯を食べているのか」と質問を投げかけられて答えに窮した。ちなみに息子も玄米を食べ始めたそうだが、早々に腹具合が悪くなりギブアップしたそうだ。 玄米にげんなりのKIAN  KIANの玄米挑戦は続いているが、食べる量が大分少ない。太り気味のKIANには丁度いいのかとも思うが、いつも外で食事をしたいと言い張るのは、外で食事をすれば白米が存分に食べられるからに相違ない。

KIAN、玄米に挑戦 2017年3月12日


私の部屋には、エアコン、TVそしてケーブルTVの3個のリモコンと置時計がある。この4つは部屋で快適に過ごすには必須アイテムだが、いつからか電池を収納する部分の蓋がない。だから、ややもすると電池が緩んだり抜け落ちたりしてリモコンが機能しないことがある。時計が一旦止まると、時間を合わすのが容易ではない。さらに、電池がその辺に落ちていればいいが、そうでないと電池を探しに事務所かサリサリまで行かなければならない。なんとも不便で致し方ない。 リモコンは文化的な生活には必須だ  私の部屋は、KIANや居候のアリアそれにメイドも出入り自由だ。ここ数年の間に、どういうわけか全部裏蓋がなくなってしまった。落ちたり外れたりしたら拾ってつければいいし、そうでなくてもヤヤが部屋を掃除するとき、見つかるだろうと思うのだが、結局、回収不能になってしまうのだ。もちろん、誰に聞いても知らないの一点張りだ。 そのリモコンのことごとくが裏蓋がなくなっている  大分前に、ゲストハウスのオーナーが泊まったとき、置手紙で、ゲストハウスのケーブルのリモコンの裏蓋が取れそうだから、無くさないように対処しておいてほしい、注意された。こんなことに気がつくなんて、細かい人だなと思ったが、この方もさぞかし家では裏蓋がなくて不自由しているのに違いないと察した。 さらに管理を任されている高級コンドミニアム、ワンサルセドプレイスに最近マレーシア大使館の職員が入居した。その際に指摘されたのは、TVのリモコンに裏蓋がついていないということだった。どうも、フィリピンにおいてはリモコンの裏蓋がなくなるというのは普遍的な現象らしい。気候風土がなせる業か、あるいは風俗習慣なのか、とにかく裏蓋がなくなるのだ。 究極の対処法がなんと裏蓋を開けられなくするという逆療法だ  こんな些細な話でジェーンを問い詰めても仕方が無いので、最近、事務所と寝室のエアコンを取り替えたので、この際、普遍的な解決策を探った。それは、リモートの蓋をはずせなくしてしまうというものだ。といって電池交換は必要なので、絆創膏でぐるぐる巻きにして簡単に外れないようにした。電池を換えるのは自分だけだろうから、これで一件落着、子供達やメイドを責めたてるようなはめに陥ることもないだろう。  

リモートの裏蓋がない 2017年3月12日



仕事の方は、幸い、金曜のうちにすべて片付いたので、予備日の月曜は名古屋市内観光にあてた。この日の予定は、名古屋城、大須観音、それに時間があれば、水族館を回るつもりだった。 高山から戻って預けておいた荷物を受け取ると、ジェーンが一緒に預けたスニーカーが無いと騒ぎ始めた。レセプションとすったもんだの挙句、どうしても見つからずホテル側も恐縮していた。しかし、翌朝、バッグの中から袋に入っているのを見つけたとジェーンが言う。恥ずかしくてレセプションに言えないので自分で話せと突っぱねた。レセプションはお世辞に「良かったですね」とうれしそうな顔をしていたが、心の中では、さぞかし馬鹿にしていただろう。 名古屋城へは地下鉄名城線で栄から二駅、スニーカー騒ぎで出発が遅れて9時ごろになったため、ラッシュもなく、ゆったりと行くことができた。 日本は地下鉄でどこへでもいけるので、渋滞もなくすこぶる快適だ  名古屋城はだだっ広くて、月曜の朝一では観光客もまばら。道順が良くわからないが、急ぐ旅でもないので散歩のような気分で進んでいった。東門で入場料を取られたので、名古屋城の史跡にたどり着いたのは間違いないようだった。入り口の近くにはスターウオーズの展示テントがあり、なんとも気分を害したが、KIANは興味深々だった。 加藤清正の像を見つけてなぜか早速空手のポーズ 通路脇の石垣に登り始めたKIAN。観光客が史跡を汚すKIANの行為に非難の目で見ている 本丸御殿の英語の説明に見入るKIAN。KIANはすでにかなりの文章が読めるのだ。 なぜか忍者や侍が現れ、観光客の興味をそそる。侍に日本語で話しかけられて戸惑うKIAN 名古屋城は外観だけで、中身は鉄筋コンクリート製の博物館だ。しかし、近年本丸御殿の復元工事が2009年から開始され、江戸時代の1615年当時の姿を再現している。完成は2018年、実に9年の歳月を費やしての大工事だ。すでに建物の大部分が公開されており、当時の徳川幕府の隆盛を感じることができる。ちなみに名古屋城は1612年徳川家康により築城され、家康の9男、義直が入り、御三家筆頭尾張徳川家の居城として栄えたそうだ。 本丸御殿の正面玄関、総檜作りの、いかにも歴史を感じさせるたたずまいだ 表書院の中には入れず廊下から眺める 対面所は御殿の応接間だ   本丸御殿から天守閣へ向かう […]

KIAN、初めての海外旅行(その三) 2017年3月9日


翌日の土曜はいよいよ飛騨高山行きだ。列車はワイドビューひだ9号、1143発だ。荷物はホテルに預けて、なるべく手軽な格好で行くように指示したが、朝、見ると大きなトランク一杯に荷物を詰めてきたので、びっくり。地下鉄で行く予定なので、階段がきついと文句を言ったら、キムが運ぶから問題ないという。フィリピンなら、ポーターがそこいら中にいるから大丈夫だが、日本では何もかも自分でやらなければならないのだ。案の定、キムは荷物の上げ下げに四苦八苦していた。私は肩を痛めてしまうのと意地もあって手伝わなかった。 初めての地下鉄にうれしそうなKIAN 今回新幹線に乗る機会は無かったが、せめてもと入場券を買って新幹線のホームに見学に行った。タイミングよく見れるかどうかと心配したが、なんと山手線と同じくらいの間隔でやってくるので、十分写真撮影を堪能することができた。 5分おきくらいにやってくる新幹線にびっくり まるで未来から来たような新幹線の列車は日本とフィリピンの違いを見せ付ける 特急ワイドビューひだは新幹線ほどの未来性は無いものの、フィリピンのビコールエクスプレスと比較したら月とすっぽんだ。清潔で快適な車内で、2時間半の旅は瞬く間にすぎた。高山に近づくと、一面の雪景色に写真撮影に余念がない。 生まれて初めて雪を見て、驚きのポーズ たまたま先頭車両だったので、最前列の特等席に陣取るKIAN 一面の雪景色にKIANはさぞかし感動しただろう 高山の宿は純和風の旅館、外国人には人気があるそうだが、畳に布団を敷いて、バストイレは共同というのは、今風のホテルになれた我々にはいささか不便で不評だった。一度経験すれば十分だ。 旅館、あるいは旅籠といった風情 玄関もなかなか風情のあるつくりだったが 特急列車のチケットについていた6000円のタクシー券で、高山の郊外を回ろうと目論んで、まずは雪が残っている高山城址公園に向かった。雪に感激した一行は、そこに2時間も留まって、雪を満喫したが、6000円のタクシー券を使い果たしてしまった。 一生に一度あるかないかの経験に一向にここを離れようとしない KIANもアニメの世界に舞い込んだような面持ちで雪にたわむれていた […]

KIAN、初めての海外旅行(その二) 2017年3月6日



ひょんなことからKIANの海外旅行(日本)が実現した。私の仕事のからみなのだが、相棒のジェーンが主役で、私は、通訳兼ガイドのようなもの。しかし、太っ腹のお客さんは、娘のキムとKIANも同行しても良いとの話で、思わぬ家族海外旅行が実現、キムとKIANは大喜びだった。パパ・カーネルも同行するはずだったのだが、先日の国家警察による韓国人殺人事件がらみの綱紀粛正の折、おいそれと休暇を取ることができず断念した。それからというものはKIANは会う人毎に日本に行くのだと得意そうに言いふらしていた。 ターミナル2に入って、初めての海外旅行にKIANはそれとなく緊張気味だ。姉のキムはひょうひょうといつもの通り 目的地は名古屋。うまく行けば一日で用事は終わるのだが、予備日と土日をはさんで四日、往復日をいれて、2月16日~21日、5泊6日の旅程を組んだ。そうすると、3日ほどの観光が楽しめることになる。学生時代を名古屋で過ごした息子に聞いてみると、岐阜の飛騨高山は欠かせないという。それに、名古屋城、熱田神宮、大須観音あたりが適当というアドバイスをもらった。確かに神社仏閣などはそれはそれでいいとしても、やはりせっかくこの季節に行くのであれば雪見は欠かせないだろう。 出発前、PALの飛行機をバックに、KIANの緊張は相変わらず解けない 長い間、旅行などしていない私にとって旅行のアレンジは億劫でならなかった。フィリピンの国内旅行であれば、足さえ確保すれば、あとは行き当たりばったりでなんとかなった。日本の場合、そうは行くまい。航空チケットの予約、宿の予約、列車の予約と、とにかく面倒だ。名古屋の宿は街なかで買い物がしやすいところ、高山は古風豊かな旅館、など、同行するフィリピーノ優先の計画とせざるをえない いよいよ、中部国際空港に到着、ここに来てKIANも緊張が解けて日本に来たことを実感したようだ 航空チケットと宿はインターネットで安いところを探して何とかなった。しかい、高山行きの列車の予約はどうしようも無くて、名古屋についてから予約することにした。白川郷も出来れば行きたいところだが、日本は豪雪というニュースもあり、どうなるかはなりゆき次第だ。名古屋はなんと40年ぶりの訪問なので右も左もわからない未知の領域で、きっとマニラにおいでになられる退職者の気分もこんなだろう。 ひな祭りが近いとあって飛行場にはお雛様が飾られていた  空港に到着したところで懸案の高山行きの列車の予約を試みた。JTBのカウンターを見つけて問い合わせたら、高山線乗りたい放題の切符が、通常の運賃(4人で往復5万円程度)の半分で買えることが分かった。しかも高山でのタクシー券6000円までついている。しかし、午前中の列車は満員で、しかも帰りは午後の列車が満員。要は昼ごろでかけて、昼には戻ってこなければならないということで、残念ながら白川郷に足を延ばす時間はなくなった。しかし反面、ゆっくりできるのでよしとしよう、とにかく雪さえ見れればそれでいいのだ。一方、空港から名古屋はリムジンバスで向かえばホテルのある栄町に直接行けるということなので、めんどうな名古屋駅での乗換えを免れることができた。 夜の名古屋、栄町はさすがに寒い。テレビ塔の前でしばし撮影会だ  ホテルはトラスティ名古屋栄町というビジネスホテルをBooking.comで予約した。二部屋で一泊24000円。他の立派なホテルは5万円もして手が出なかったが、フィリピンだったらシャングリラホテル並みの料金だ。しかし、このホテルの部屋の狭さにはちょっと驚かされた。一方、不用意にも喫煙か禁煙ルームか指定しなかったので、一つは喫煙ルームだった。エレベーターをおりて廊下に出たとたんタバコのにおいが充満していて、KIANは私と一緒に、この部屋で寝ることをママ・ジェーンに禁止されてしまった。ちなみにフィリピンの我が家はジェーンのお達しで全面禁煙だ。日本でもレストランの全面禁煙で揺れ動いているが、フィリピンでは20年以上前から事務所やレストランでは全面禁煙となっている。 翌朝、ホテルのロビーでますは写真撮影 さて朝食だが、ホテルの朝食は一人1200円、4人で4800円は予算(全員で2000円)オーバーだ。外へ出ると、すぐにファミリーマートが見つかって、カップヌードルやサンドイッチ、それに大量のミネラルウオーターを買い求めた。しかし、レジに向かうと異様な風景があった。レジが3つあるのに客は遠くに一列に並んでいる。何をしているのだろうと思いつつ、空いているレジに行くと、「並んでください」と注意された。なるほど、客は三つのレジの手前で並んで、レジが空いたら前から順に会計するのだ。 まずは仕事。迎えに来ていただいた日本人の立派な車に乗せてもらって皆ごきげんだ 翌日、ジェーンは、そんなことはお構い無しにさっさとレジで会計をした。遠くからは「なんだ、旅行者なのか」という声が聞こえたが、きっと「なんとルールをわきまえないやつらなんだ」という冷たい視線を送っていたに違いない。ジェーンは中国系なので、日本人に見えるのだろう。さらに横断歩道を渡るとき、赤信号だが車が来ないのでジェーン一行は、信号が変わるのを待っている人々を尻目に躊躇無く渡ってしまう。人々はやはり「なんとルールをわきまえないやつらなんだ」という冷たい視線を送っていたに違いない。後からついていく私はうつむいて自分もフィリピン人の振りをしていた。 […]

KIAN、初めての海外旅行(その一) 2017年3月5日