風俗・風物


コロナ・パンデミックが終わってマニラに舞い戻ってからは、外出はもっぱグラブ・タクシーに頼っている。かつては運転手付きの自家用車を利用するか、あるいは自分で運転していたが、高齢者ドライバーの事故が相次ぐ中、しかもパンデミックで丸々4年間自宅に引きこもっていたせいで、もはや運転する気にもなれない。 そこで、恐る恐る使い始めたのがグラブ・タクシーだ。パンデミック前に試したものの、いつまで待っても来やしない、しかも、夕方、雨の中とあって流しのタクシーも捕まらず、最後は、キアンの手を引いて、歩いて帰って来たという苦い経験がある。しかしながら、5年以上の歳月が流れて、呼べば必ず来るという、しかも待ち時間はせいぜい長くて10分ということで、十分に実用に耐えうるまでに改善されていた。メトロマニラには一万台のグラブ・タクシーが走っているというから、さもありなんである。 自家用車のように目的地について駐車場を探す心配もないし、料金は流しのタクシーに毛が生えた程度、値段交渉も必要もなく、ぼられる心配もない、おまけに料金は銀行からの引き落としなので、まるで、ただで乗った気分だ。さらに、道を教える必要もないし、車も新しくて、運転手のマナーも良い、さらに乗車記録が残るので、何かあったらグラブの本部に連絡すればよいので、セキュリティーも申し分ない。フィリピンのタクシーにへきへきしている外国人にとってはこの上ないことで、特に空港からのタクシーは正規の料金の10倍程度に吹っかけられることが頻発しており、不案内の外国人にとってはこの上ない仕組みだ。 グラブ・タクシーは車両、そして運転手について、厳しい審査があり、流しのタクシーのようなボロボロの車や、ボロボロの運転手は皆無。キアンを学校に迎えに行った帰りは、タクシー乗り場にタクシーがスタンバイしているときは、タクシーに乗ることもあるのだが、乗るのが憚れるほど汚くて、運転手の態度に腹が立つこともままあるので、迷わずグラブ・タクシーに乗ることにしている。マカティに生活している限りは、もはや、タクシーや自家用車は不要な存在だ。 フィリピンのタクシーのシステムは、1台ないし数台の車を買って、陸運局(LRT)に届けて、一日、1500ペソ程度の賃料(バウンダリー)を取ってガソリンとメンテを運転手持ちとして貸し出す方式だ。したがって、あくまでも小金持ちの小遣い稼ぎで大手タクシー会社という存在は極めてまれで、運転手のマナーなどはへったくれだ。したがって、シンガポール資本のグラブが日本のように大手タクシー会社の抵抗もなく、簡単に運営の許可を取り付けたのだろう。 タクシーは初乗り料金は40ペソのままで据え置かれ、かつて600ペソ/日だったバウンダリーは1500ペソに値上がって、さらにパンデミックの後、倍近い物価上昇のおり、かなり厳しい状況にあるものと推定される。しかも、グラブ・タクシーという強敵が現れて値上げもままならず、苦戦を強いられ、ぼったくりに精を出すという悪循環に陥っているようだ。一方、我々庶民と、自家用車と、その支払いの糧を得たグラブ・ドライバーにとっては、ウインウインのなんともうれしい状況だ。まさに、インターネット、GPSなどを駆使した配車アプリのテクノロジーの勝利と言える。 この配車アプリの隆盛はタクシーにとどまらず、アンカス、ムーブイットなどのバイク・タクシーが街を席巻している。マカティの主要道路や駐車場にはバイクがあふれており、そのほとんどは、後ろに客か配達荷物を載せた商用だ。タクシーに比べて、半値程度の価格で移動できるので、一人で通学、通勤するの重宝だ。グラブ・タクシーと同様、アプリで呼べば、迎えに来てくれて目的地に下してもらえる。かつ、ジプニーで何度も乗り換えて、目的地にたどりついていたものが、一直線で行け、渋滞にも影響されず、はるかに早く到着できる。しかも夜中でも来てもらえるので安全に帰宅できる。乗車記録も残っているので、かつてジプニーの中で、脅されて物を取られるなどという事故に会う心配もない。 このバイクタクシーが日本で認可される可能性は、安全性の観点から、まずないと思うが、フィリピンにおいては庶民の味方として大いに歓迎されており、フィリピン名物、キング・オブ・ロード、渋滞の元凶と呼ばれていた、ジプニーを脇に追いやる勢いだ。おまけに職にあぶれる膨大な若者に職を与え、バイクメーカーもこの世の春を謳歌しているだろう。これもまた、最新テクノロージーの勝利といえる。一方、既存の庶民の足、ジプニーやトライシクルが苦境に立たされているが、時代の変遷でいたしかたないものと思う。 因みにジプニーは路線が決められており、このジプニーがどこを通るのか熟知していないと目的地にたどりつけない。唯一の利点は路線上であればどこでも停めて乗ったり下りたりできることだが、その路線図がないので、外国人が乗りこなすことは不可能だ。おまけにBGC(ボニファシオ・グローバル・シティ)には乗り入れが禁止されており、自家用車を持たない庶民は決められたジプニー・ステーションから歩いて行くしかない。 一方、トライシクルで行ける範囲はそのバランガイ付近に限定されており、マカティの中心街ないしメインの通りに乗り入れることが出来ないという不便さがある。もちろんBGCに乗り入れることなどはありえない。したがって、奥様の買い物、子供の通学程度に使える程度だ。ただし、地方においてはこのジプニーとトライシクル並びにペディキャブ(3輪車)のみがが唯一の交通手段でありグラブが進出するのは先の話になるだろう。 マニラ周辺の、中・長距離の移動ないし通勤には路線バスないしUVサービス(小型バン)が主要な交通手段であり、マニラ近郊のラグナ、バタンガス、カビテ、ブラカンなどからはバスでマニラ郊外のステーションまで来て、そこからの交通手段がグラブ等の活躍の場となる。したがって現状の渋滞地獄の解消には必ずしも寄与していないが、将来、地下鉄の開通や高架鉄道の延伸が実現したら、グラブタクシー等での移動距離は最短になり、マニラの渋滞も改善に向かうことだろう。 さらに物流にも大きな革新がおきている。フィリピンの物流の雄、LBCを脅かす存在になっているのが、香港発のララ・ムーブだ。書類、あるいは小荷物の配達をアプリで依頼すると、近場の配送員がすぐに引き取りに来てくれて、宛先に届けてもらえる。LBCのように店舗に持ち込んで、発送手続きをする必要がないので、簡便で、店舗がないから、大きな固定費もかからず、それだけ、配送員の実入りになる。長距離の輸送については既存のサービス・ステーションに持ち込むのに利用できる。 パンデミック中は、外出もできないので、PRAに書類を届けたりするのにグラブ・エクスプレスというララ・ムーブと同様のサービスを利用したが、担当者に直接渡せるので、重宝した。さらに、昨年、重要書類をLBCで送ったところ、LBC職員がストライキを張っており、配達に一週間以上の日時を要して、ひやひやしたことがあった。ストの原因は新興のララ・ムーブの職員の方が実入りが良いので、LBC職員が給与アップの要求をしたためだそうだ。 このバイク・サービスの隆盛で業績を伸ばしたのが、バンク・オブ・マカティだ。昨年、SRRVを取得した退職者にこの銀行に口座を開けたいと申し入れがあった。こんな銀行は聞いたことがなかったので、何かの間違いではないかと思ったが、確かに存在しており、バイク購入のおりのローンを提供することで、このバイク・配車、配送サービスの隆盛のおりに急成長したらしい。元々は大手バイク販売会社のMOTORTRADEの子会社で、ルーラルバンク(地方銀行)だったものが、2015年に普通銀行に昇格して、このバイクブームで、そこそこ名が知れるようになったらしい。 パンデミック中は、外食をすることもかなわず、レストランは瀕死の状況に追い込まれた。それを救ったのが、この配送アプリだ。客がレストランに注文して、パンダ、グラブなどの配送サービスを利用して客に届ける、といったものだ。かつて、ピザハット、シェーキーズ、ジョルビー、マクドナルドなど配達システムを抱えているファストフードの独壇場だった配達をどこのレストランでも可能になったのだ。これは、パンデミックで家に閉じ込められていた子供たちをどんなに慰めたか計りしれない。 […]

グラブ・タクシーとバイク・タクシーの隆盛はコロナ・パンデミックの恩恵か 2025年3月7日


PRA関係のアポイントと日本から調達したハンモックの受け取りのために疎開先タガイタイから一族一同、マカティにやってきた。しかし、役所はクリスマスパーティやら多忙で、タガイタイへの帰還は翌週に延期された。一方、子供たちはクリスマス休暇に突入していて、オンラインスクールも休みで退屈していた。 そんな折、ママ・ジェーンが突如として、ロックウエルのDIN TAI FUNGに小籠包を食べに行こうと言い出した。私としては、日本の楽天に注文した待望のハンモックが2日遅れで届くとDHLから通知があったので、家にいなければならなかった。しかし、DHLなら、EMSと違って不在だからといってほったらかしにされる心配もないので、久しぶりの外食、しかも小籠包を楽しむために皆と出かけることにした。 小籠包はBGC(ボニファシオ・グローバル・シティ)で何度か味わったのだが、店の名前(DIN TAI FUNG)というのは忘れていた。それで、ロックウエルに到着したら、小籠包(ショーロンパオ)とバカの一つ覚えで聞きまくって無事にたどり着くことが出来た。店の雰囲気は小ぶりではあるものの、一目でそれとわかる店構えだった。 メニューはBCGと同じで特に目新しいものではないが、久しぶりなので料理を選ぶのが楽しかった。要はシュウマイが中心の台湾の点心料理なので、子供たちにとってはとっつきやすい、特にココは珍しさに目を輝かせていた。 食事が終わって、クリスマスのパンダの飾りつけのある広場で、ジェーンが勘定を終えるのを待っていたがいつまで待っても現れない。そうこうしている間に、ココが他の子が持っているミニカーを入れたプラスティックの筒が欲しいと言ってわめき始めた。私にしきりに訴えるのだが、私にはなんで涙まで出してわめいているのかわからない。 ようやくママ・ジェーンが戻ってきて、一しきり写真を撮ってからおもちゃ屋(TOYSRUS)に向かった。キアンになぜ遅くなったのか聞くと、そこに飾ってあったポルシェ・マカンの抽選会に行って来たのだという。値段を聞かれたので一千万円は堅いだろうと話すと、ジェーンは、当たったらすぐに売っぱらって現金にして有効に使うと豪語する。さらにどこかロックウエルのレストランで食べたいところはないかとまで、聞いてきた。突然ロックウエルの小籠包と言い出したのが、これで解せた。ポルシェ・マカンの抽選が目当てだったのだ。 クリスマスシーズンとあって、おもちゃ屋は人で溢れていた。目当てのミニカーの筒を見つけると、1480ペソもする、これは当然、私の出番となる。ココは、それだけはあきたらず、他のおもちゃを見つけて、それも欲しいと泣き叫ぶ。おもちゃ屋の前で座り込みのストライキを始めるのは、まさに古今東西共通の現象のようだ。 帰宅後、しばらくして、キアンがダダのハンモックが届いたと言うので外へ出ると15㎏の荷物を抱えて配達人が待っていた。まさにグッドタイミングだった。このハンモックは次回のブログで詳細を紹介するが、今回のマニラ行きの最大の目的でもあったので、ホッと胸をなでおろした。

ロックウエルはクリスマス商戦たけなわ 2022年12月16日



ボルテスVときいてもわかる人は、あまりいないと思う。977年から78年にかけてTV放送されたロボットが主役の子供向け番組なのだが、フィリピンでは、このフィギュアがいまだに人気商品なのだ。 1989年、私がフィリピンに駐在したとき、フィリピン人社員が、日本語研修で、はじめてボルテスVの主題歌の意味を知ったと感激して、私の前で合唱してくれた。そのころ彼らは20代なので、11年前にボルテスVが放映されていたころは10代でTVにかじりついて楽しんでいた世代で、意味もわからず主題歌を暗記して唄っていたのだ。私としては、マジンガーゼットやガンダムは知っていたが、ボルテスVなどはきいたこともなかった。 それから30年経過した現在、数ヶ月前にパパ・カーネルからボスの55歳の誕生祝にボルテスVのフィギュアが手に入らないかと頼まれた。しかも、首都圏警察署長にプレゼントするのだから、フィリピンではなくて日本で買った純正品で、来週までにと期限を切られてギブアップした。ボスは、いかなる誕生日プレゼントの受取も遠慮するが、ボルテスVだけは別だと宣言していたらしい。 カーネル自身も当時、8歳の少年だったので、ボルテスVの思い出は共有しているはずだ(そのころ家にTVがあればの話だが)。そのため今月、カーネルの51歳の誕生日にそのボルテスVのフィギュアを贈ろうかと考えた。息子が、12月早々に新発売される6万数千円のバンダイ製のフィギュアを発見してくれて、しかも、フィリピンにまで配達してくれるという。多分、こんな高額なフィギュアを今になって新発売するということは、フィリピン市場では、特に未だ、よほどの人気があるのに違いない。注文してみると、本体は55,777円、送料は11,400円で目論見どおりなのだが、税金が22,168円というのは予定外だった。合計で、89,345円とは、もはや玩具の範疇ではない。 放映から43年経過した今、そのころ10代だった少年は50代となり、社会を牽引する要職についているはずだ。その一人が首都圏警察のトップであり、今月、フィリピン国家警察の長官についたパパ・カーネルのボス(フィナス長官)だ。フィナス長官が地方の警察署を訪問すると、警察の楽団が通常のマーチではなくて、ボルテスVの主題歌で迎えなければならないそうで、フィナス長官はよほどのボルテスVのファンのようだ。 ドテルテ大統領の右腕として麻薬戦争を指揮した国家警察のデラロサ長官は引退して現在、上院議員となっている。その後をついだアルバヤルデ長官は昔、麻薬ビジネスに関わっていたという疑いで失脚した。そして今年の初めに就任したガンボア長官が定年(55歳)で退任し、今月、カーネルの直属の上司だったフィナス長官がトップに就任した。そのフィナス長官も来年定年で退官するという、めまぐるしく長官人事が変遷している。首都圏警察で序列3位で50歳を超えたカーネルにも、首都圏警察のトップ、そしてフィリピン国家警察のトップへと出世していく機会が大いにあるわけで、かつての直属上司が国家警察のトップという今が、正念場というわけだ。 そのために、このボルテスVのフィギュアがフィナス長官の退官のプレゼントとして大いに役に立ってくれそうなわけだ。先日の台風被害で、その修復に金がかかるので、一旦、誕生日プレゼントは中止としたのだが、上記の事情から、橋の修復を後回しにしてボルテスVのフィギュアを優先することにした。

ボルテスV(ファイブ)の話題 2020年11月28日


キアンがMOAでTimexを手に入れた直後、ママ・ジェーンがパパ・カーネルの執務場所を見に行かないかと言い出した。それも良しと帰り際、ブエンジア通りからハリソン通りをを右に折れて、さらにリベルタッドの先のパサイ市役所に向った。因みにパサイ市警察は市役所と同じ敷地内にある。 この辺は私にとって大変なじみのある場所で、かつて足繁く通っていた場所でもある。ハリソン通りとリベルタッド通りの角の近くには外務省があってパスポートの発行や各種書類の認証を行っていた。そして夜は一変して、かつてのサリリン・アティンやミス・ユニバースなどの有名ナイトクラブがあったところなのだ。 キアンやクッキーに悟られないようにハリソン通りから窓の外を眺めていると、リベルタッド通りのすぐ近くに、最近、かつての名声を取り戻したという噂の(ミス)ユニバースの看板がまばゆいばかりに輝いていた。 カーネルの執務室は、専用のビルで受付を経由して会議室の奥にある。さらにその奥には寝室があって、週7日、24時間の過酷な勤務状況を連想させるものだった。 しばらく、すると、ジェーンは家族一同で泊まるから、帰ってよいという。これはチャンスとユニバースに寄ろうかとよからぬことを考えていると、ヤヤは一緒に帰るとのこと。がっかりして帰る途中で、ヤヤは呼び戻されて、また警察に行って一緒に泊まることになった。当方の企みは、ママ・ジェーンにばればれだったのかも知れない。 穏やかでないのは運転役のアランで、この渋滞の最中、警察と家とを2往復することになったとぼやいていた。この日、ランサーのガソリンの減りが激しいので、原因は私だとか、ジェーンだとか言い争っていたが、これでジェーンが原因であることは自明の理だ。 翌日はキアンのピアノレッスンだが、彼らは、午後3時過ぎにようやく戻ってきたが、再びMOAを訪問したと聞いてあきれた。妊娠7ヶ月過ぎだというのに、ここのところのMOA通いは尋常でないものを感じる。確かに歩くことは妊婦にとっては良いことではあると思うのだが、度が過ぎているのではないか。

パサイ市警察・署長室訪問 2019年8月25日



時がたつと世相も変化してブログの話題にことかかない。ドテルテ旋風は相変わらず吹き荒れて、これでもかこれでもかと新規法案を可決・署名して、当方としては右往左往させられる。一方、一世を風靡したFace Bookも個人情報の流出で史上最大のペナルティを課せられるなど、かげりが見え始めている。そして最近、街を走っていて目立つのがバイクタクシーのアンカス(Angkas)だ。 今までの公共の陸上交通機関といえば、大きいものから電車、バス、ジープニー、UVサービス、タクシーないしグラブ、トライシクル(3輪オートバイ)、そしてパジャック(3輪自転車)とすべて客用の座席のあるもので、二輪車の相乗りは許可されていなかった。ちなみに庶民の足であるトライシクルやパジャックはマカティなどの都心部では交通渋滞の元凶と乗り入れが許可されていないので、渋滞で車が動かない時は歩くしかなかった。 そしてここ数年、目立ち始めたのが自家用モーターバイクだ。渋滞に対する対抗手段として庶民が手にしたのが自家用のバイクで、車の間をすり抜けてグネグネと走り、反対車線もくそくらえ、車の寸前を横切るバイクは運転手泣かせだ。交差点ではバイクが前列を占め、信号が変わると0-400加速のレースさながらの勢いで爆走する。 一時一世を風靡したグラブ・タクシーも一般のタクシーと同様、ラッシュアワーには来てもらえないことが多く、その利便性にかげりが見え始めた。そこで登場したのがアンカス・バイクタクシーだ。渋滞をもろともしないバイクだから、すぐに飛んできてもらえる。都心の街を走るバイクの半数がアンカスではないかと思えるほどの隆盛を極めている。 ちなみにアンカスを公共交通機関と認める法案が可決されたのが今年の2月、試験運用が6月開始、そして現在一口に3万台とも言われるバイクタクシーがマニラとセブの首都圏で運営されている。たしかに事業資金はタクシーの10分の一程度、渋滞にも強くて排出ガスもはるかに少ない。タクシーに乗ったとしてもほとんどが一人で利用するのだから、まさに良いこと尽くめの庶民の味方だ。 運賃はタクシーの半分程度で一日に2000ペソ程度の上がりがあって、ガソリンや車両代を差し引くと700ペソ程度の手取りになるそうだ。月に15000~20000ペソの手取りで悪くない仕事だ。まさに渋滞に対する庶民の対抗手段のエースで、ビルドandビルドと道路を作るだけが能ではなくて、規制緩和が肝心なのだ。

アンカス・バイクタクシーの隆盛 2019年7月28日


今年は、クリスマスと新年の休みがすべからく土日と重なって、理論的に最も休日の少ないクリスマス・正月になった。そこで、年末も押しせまって、12月26日(火)と1月2日(火)の両方を特別休日とするという大統領令が発行され、それぞれ4連休となった。しかし、これは官庁と学校だけであり、民間企業は、それぞれの会社の判断にゆだねられるとされた。 12月23日(土)通常の休日 12月24日(日)クリスマスイブ(祝日) 12月25日(月)クリスマス(祝日) 12月26日(火)特別休日 12月30日(土)リザールディ(祝日) 12月31日(日)おおみそか(祝日) 1月1日(月)正月(祝日) 1月2日(火)特別休日 例年、クリスマス・正月はビコールの農場に帰るのが慣習となっており、マニラを2週間くらい留守にすることが多かった。キアンも昨年のホリーウイーク以来の農場行きを楽しみにしていた。しかしながら、ママ・ジェーンは、今年はマニラでおとなしくしている、と宣言した。原因は、田舎に帰ると、姻戚一同に大盤振る舞いをしてやる必要があり、昨今の業績不振でその原資がないということらしい。私としては、たまには農場を視察しなければならないと思うのだが、一人で農場ですごすのも辛いものがあり従うしかない。せめてキアンと二人で行きたいとも主張したが相手にされなかった。 マニラにいたらいたで、クリスマス4連休のあと、27、28、29日の平日は、お二人のビザの発行、SRRV申請者の準備、不動産の移転登記依頼、BOCの再認定に関わる準備、銀行ATM交換など、意外と多忙だった。そして、年末年始の4連休は、一転して暇でブログに専念することになった。 我が家の大晦日のご馳走は鉄板焼肉、材料費は500ペソ程度だそうだ、とにかく料理をしなくて良いので手間がかからない 一旦、夕食を終え、夜の12時、再度年越しの食事をとるというのだが、もし私が寝ていたら起こさないでくれと言って部屋にこもった。テレビでは時差のため、ちょっと早めの紅白をやっていた。もともと紅白には興味はないのだが、NHKしか映らないから、選択の余地はない。それよりも、「朝青龍を押し出したら1000万円」に興味があった。スマホで見ようと思ったが有料サイトなのでかなわなかった。朝青龍は日馬富士の暴力問題で最近再び脚光を浴びているが、あの強い横綱の土俵をまた見たいと思う人は多いと思う。朝青龍にせよ日馬富士にせよ、格闘家が暴力問題で追放されるなんて、なんとも解せないところがある。格闘家の頂点に立つものであれば並みの上品な性格を持ち合わせているはずがあるまいと思うのだが。 正月の飾り物は丸い果物と現金、中国風だ 一方、この夜、私が集中していたのが、YAHOOメールのパスワードの回復だ。とにかく、これがわからないと、スマホでYAHOOメールにアクセスすることができない。先日、ためしに入力した連絡用メールアドレス、japandesk@pra.gov.phがOKであったので、ハッキングではなくて、単に私がパスワードを忘れた、という確信があった。それで、思いあたるペットの好物やパスワードを繰り返し入力した。そして、私の新生銀行のインターネット・バンキングで使っているパスワードをいれたら、いつもの「入力したパスワードが違っています」が表示されず、次に進むことができたのだ。おやっと思ったが、苦節一年、ついにパスワードを見つけた瞬間だったのだ。しかも普段使っている別の自分のパスワードという、おでこにつけたメガネを探していたようなものだ。いずれにせよ、声を張り上げたいくらいにうれしかった。 […]

マニラの大晦日 2018年1月2日



ソール韓国レストランで腹ごしらえをしていよいよロックウェルに向かった。ロックウェルはマカティアベニューからブルゴス通りを経てその裏手に広がる高級コンドミニアム街だが、1990年代、発電所跡地の広大なエリアをマカティの飛び地として開発された。ボニファッシオ・グローバル・シティが開発の緒についたのは2000年代、まだ昨今のコンドミニアム・ブームも始まっていなかったので、高級コンドミニアムの名をほしいままに、当時、億ションとして話題を呼んだ。そのため、今回訪問したパワー・プラント・モールという名前は、まさにその名残で、ちなみにロックウェルは元発電所の名称だ。ロックウェルに近づくと、通りの中央分離帯の椰子の木は電飾で飾られ、いやがうえにもクリスマスの雰囲気を盛り上げている。クリスマスの飾り物にいたく興味を示しているクッキーの興奮のほどは想像に難くない。 通りの木々、全てを電飾でかざるという手間のかかることをやっている 電飾だけのクリスマスツリーは単純だが返ってユニークだ 見たこともない周囲の景観に驚きと喜びの歓声を上げるクッキー パワー・プラント・モールに入ってみると、モールのそこいら中が電飾で飾られ、所々に動く動物の模型があって、まさにクッキーには驚きと興奮の連続だ。クリスマスの気分に浸ろうと通路は人であふれ、レストランはどこも満員だ。一方、一般のお店となるとほとんど人は入っておらず、ここを訪れる人々の狙いは電飾と動物の模型で、買い物をする気はもうとうない。我々も一時間以上いて、使ったお金はキアンのアイスクリーム190ペソたけだ。 どこのレストランもクリスマス気分を味わおうとする人々で満員だ 圧巻の電飾クリスマスツリーの前で得意顔のキアン。大きなポシェットにはソニー・タブレットを肌身離さず持っている 廊下も、もみの木と電飾のトンネルになっている 圧巻は、まるで動物園のような動物模型、これらは首や尻尾が動くので、クッキーは生きた動物と勘違いしているに違いない シマウマの模型を前にご機嫌のキアン 自撮りをするヤヤ・グロ(グロリア)に抱かれたクッキーは興奮のためか顔がゆがんでしまっている 歩こうと必死に手を引くクッキーだが、手を離すと転んでしまうのでキアンも必死だ まるで生きているようなライオンに思わず手を触れて確かめるキアン どういうわけかベンツまでが展示されているが、昨年はジャガーだった クッキーは、トナカイの背中に乗った小猿をたたいている […]

ロックウェルの電飾見物2017年12月19日


11月13日(月)午後一から”Confession”があるから参加してほしいとママジェーンから懇願された。一体、”Confession”とは何なのか聞いても、クリスチャンの儀式というだけで納得のいく答えはかえってこない。辞書で引いてみると”懺悔・告白”という意味だそうだが、一体何をやるのか、クリスチャンでもない私が出席して何の意味があるのか、とにかく客との打ち合わせとぶつかるので出席できないと断った。 しかし、この日、東アジアサミットでアジア・オセアニアの首脳、しかもアメリカのトランプ大統領まで訪比するとあって、首都圏は厳重警戒態勢にあって、パパ・カーネルは朝の4時から出勤して子供の”Confession”どころではない。しかし、この儀式には両親が付き添うのが原則で、キアンが可哀想、父親代わりに出席して欲しいと懇願された。 どうせサミットの3連休でやることもないし、ブログのネタにでもなるだろうと、出席を前向きに考えると約束したが、件の客とコンタクトがとれない。最悪、客が来てから、時間をずらしてもらおうと覚悟を決めた。それでも午前中、連絡を待っていたら、私がタバコを吸いに数分間外に出た瞬間を狙いすましたように固定電話に連絡があった。また電話をするということなので、待つこと2時間、電話を待ち続けたが、昼前に突然やってきた。約束は午後一時だったので、もっけの幸いと、ほっとした。 一時ごろ、ドンボスコ・スクールに行くと、立派な会場が用意されており、2時近くになって人もそろい式がはじまった。一クラス、約30人の生徒が両親に付き添われて、神妙に順番を待つ。そして一人づつ、両親に付き添われて牧師とひそやかになにか話をして、神に祈り、さらに儀式を行う。まさにキアンが赤ん坊の頃におこなったBaptismal(洗礼式)を髣髴とさせ、洗礼式第2弾といった雰囲気だ。 式場に入る前に整列する生徒たち(中央がキアン) 両親に付き添われて順番を待つ生徒たち あとで調べてみると、”Confession”とは、堅信ないし信仰告白と訳され、幼児洗礼を受けた者が自分自身で信仰を言い表すことのできる年齢に達した後に会衆の前で信仰を言い表す儀式だそうだ。これは、キリスト教の7つのサクラメント(秘跡、Sacrament:洗礼、堅信、聖体、告解、終油、叙階、婚姻)の一つで洗礼とともにクリスチャンとして生きていくための重要な儀式の一つとされる。我々日本人にとっては洗礼と婚姻くらいしか知らないが、この堅信も子を持つクリスチャンの親にとっては一大イベントのようだ。 いよいよキアンの順番がやってくると牧師の反応があきらかに異なり、にこやかにキアンに語りかけている。一連の儀式が終わってママ・ジェーンが戻ってくると、得意そうに、牧師が、キアンのことを”My Friend”と親しげに呼んだそうだ。私は、ここぞとばかり、「これぞ、キアンの偉大なタレント(才能)で、大人も虜にする魅力を持っている、だから、ありきたりの子供を扱うようにやたら叱り付けて、そのタレントをそぎ落とさないように」と、ママ・ジェーンに説教した。ちなみに、キアンを取り上げた産科医も数多く取り上げて赤ちゃんの中でもキアンが最もお気に入りの子供だそうだ。そうすると、ママ・ジェーンはこともなげに「それは私のDNA」で、一方、かなりやんちゃで乱暴(マタパン)な妹のクッキーは「私のもう一つのDNA」だとのたまう。たしかにその通りなのだが、キアンが算数に弱いのも彼女のDNAなのだと心の中でつぶやいた 牧師の前で両親とともに挨拶 キアンは牧師に対して信仰について告白する(言うべきことは紙に書いて渡されてある) そして神への祈りを捧げる その後、一連のそれらしき儀式が行われるが、それぞれ宗教的に意味があるそうだ 生徒、30人分の儀式が終わるのは一体何時になるかわからない。退屈したので、私は帰って相撲でも見ることにして学校を後にした。そして夕方は、キアンが無事に堅信式を終えたということで、お祝いの食事会となった。この日は、たまたま、田舎から、おばあちゃん、ママ・ジェーンの長兄ダシン、その娘のバネッサらが来ていたので、息子とその嫁を含めて総勢11人の食事会となった。洗礼式の時は、ルートン・マカオの中華レストランを借り切ってお祝いをしたが、緊縮財政のおり、大分小規模になった。キアンのバブティスマル 2010年10月15日 […]

キアンのCONFESSION-堅信式に参加 2017年11月14日



街はもはやクリスマスの飾り付けに覆われ、いよいよクリスマス・シーズンがやってきた。早速、PRAから、12月15日(金)クリスマス・パーティを開催するので、多くの退職者を招待してほしいとの要請があった。 アヤラ・アベニュー沿いのビルの飾りは目一杯クリスマスを表現している アヤラ通りの中央分離帯は例年イルミネーションで覆われる マカティ・クエアの地下駐車場の料金上のお姉さんのいでたちもクリスマス気分を盛り上げている パーティ好きのGMのことなので、今年もたっぷりの食事でもてないしてくれるだろう。もちろん、GMのカラオケへの拍手のお返しは必須だ。場所は昨年と一緒、かのサミット会場でもあるPICC(Philippine International Convention Center)でマニラ湾の埋立地のスター・シティの隣。創立記念パーティも、ここで、いつもおなじみの場所なのでわかりやすい。昨年のパーティの様子は下記のブログ参照。 PRAクリスマスパーティ 2016年12月18日 クリスマスパーティの招待状 参加希望者は招待状の 連絡先に申し込んでください。仮に申し込みがなかったとしても当日会場へ行って申し込めば問題はない。 SMマカティの入り口の飾りつけ、写真好きのフィリピーノが列を作ってなかなか順番が回ってこない 会場はいつものPICCサミットホールだ  

PRAクリスマスパーティへのお誘い 2017年11月10日


10月16日(月)早朝、下記の懸案事項を片付けなければならないと張り切っていた。 ①退職者からのとっくに届くはずの急ぎの郵便物が届いていないので郵便局に問い合わせ、受け取りに行かなければならない。 ②急ぎの書類を日本に発送しなければならない。 ③産休明けで戻ってくる銀行支店長に相続のための大量の書類を提出し、残高証明を発行してもらわなければならない。 朝刊を見ると、「きょうジプニースト 全国で休校、市場も閉鎖へ、」と2面に出ている。理由は「排ガス規制や電気自動車化を促進する車両近代化政策廃止を訴え」、とあるが、目を疑ったのが、「政府機関を休業する」、というくだりだ。あわててママ・ジェーンに確認するとその通りで、テレビのニュースでやっていたという。いつも6時には家を出るキアンも学校に行かないでまだ就寝中だ。そうなると、郵便局は、政府機関だから当然休み、さらに銀行もあやしい。この突然のれが時間的制約のある仕事をしている者にとってフィリピンの怖いところだ。 夕方になるとタクシーをつかまえるのが至難の業で、そんな時頼りになるのがジープニーだ 学校はともかく、政府機関も、台風が来ると休み、APECで休み、法王が来ると休み、ストがあると休みと、ことあるごとに予定外の休みになってしまう。職員にとってはジープニーという主要な交通手段が無いということで休みになるのはありがたいだろうが、代替の交通手段もあるはずで、決して出勤できないはずはない。その証拠に民間企業は、休みにするかしないかは、その企業の判断に任されている。ちなみに、キアンの通うドンボスコ・スクールでは、月曜の期末試験の予定を急遽、前の週の土曜に変更して、ピアノのレッスンとぶつかってしまい、てんてこ舞いさせられたが、これで謎が解けた。今週末から期末休みになるので、試験の予定を後ろにずらすことができなかったのだ。いずれにせよ、手の打ちようが無いので、この日はブログを書くなどして時間をつぶした。 ストライキの後、18日(水)、何事もなかったようにジープニーは庶民を乗せて街を走る そして翌日火曜日(17日)、朝刊を開けると「ジプニースト、きょうも続行」とある。ただ、「休校や休業は行われない」とあるので、安心した。しかし、ママ・ジェーンによると学校も政府機関も休みだという。その証拠にキアンはやはり就寝中だ。それで、一方、①の到着を待ちわびている書類はFEDEXで再送したという連絡がありけりがついた。月曜に発送して火曜の昼には到着したが、さすがFEDEXだ。ちなみに件の書類は、翌水曜に届いたのだが、郵便局の書留で送ったそうで、2週間かかってしまった。②の書類の発送に関しては、郵便局がだめならFEDEXを使うようママ・ジェーンに依頼した。しかし、ママ・ジェーンからFEDEXも閉店していると連絡があり、ならばDHLで発送することもトライしたが、この日は結局送れずじまいになってしまった。 マヨン火山の噴火で非難した人々が山へ帰るときもジープニーの出番だ そして18日(水)、満を持して①、②、③にけりをつけるべく臨んだ。①の書類は、年金証書の翻訳を比外務省(DFA)で認証するための委任状(SPA)だったのだが、FEDEXでとどいた書類を持ってPRAに赴き、担当者を呼んでもらったら、担当者は先週末で辞めてしまったといのうのだ。ジープニー・ストの影響でもあるまいが、代わりの人が出てきたが、まだ、交代のものが決まっておらず、DFAの認証は受け付けられないと告げられた。例え交代者が決まってもSPAには前の担当者の名前が入っていてせっかく苦労して入手したSPAが使いものにならず、万事休すだ。こうなったら、退職者がフィリピンに来てから新しいSPAにサインしてもらって、私自らがDFAに認証を受けに行かなければならないが、その分、申請が遅れることになってしまう。 田舎のジープニーはけばけばしく、なぜかどの車もベンツのエンブレムをつけている 一方、②の書類の発送には住所以外に電話番号が必要との連絡がジェーンから入った。その時、すでにキアンの出迎えに出ていて、さらにピアノのレッスンに付き添っていたので、外で、E-メールを開けて電話番号を調べなければならない。しかし、不運は重なるもので手持ちのタブレットの充電に不具合があってバッテリーが空で使えない。前日、キアンには充電できないので使うなと指示をしていたのだが、携帯ゲームで遊んでバッテリーが空になっていた。なじみの携帯屋さんに持ちこんでもすぐさま修理するといっても時間がかかる。しかもこのとき、ポケットWifiが家に置き忘れ、インターネットも使えない。すでに2日間も送れずにいたので、これ以上発送を遅らせるわけにはいかない。そこでキアンのレッスン中に抜け出して、事務所に戻ることにした。 パソンタモ通りは大雨が降るとすぐに道路冠水が発生するが、多少の水ももろともせずジープニーが駆け抜ける ようやくタクシーを見つけて、事務所に戻ってE-メールをあけて電話番号をジェーンに携帯で知らせようとしたら、その瞬間に別の退職者から電話がかかってきた。ほとんどパニック状態で、失礼ながら話もしないで電話を切って、無事にジェーンに電話番号を連絡することができた。これで一件落着だが、マカティ・スクエアのピアノ教室に戻るタクシーで、70ペソのところを、ちょっとおごって100ペソを支払おうと1000ペソ出したら、お釣りを800ペソしかよこさない。頭にきたが、爆発してしまいそうなので、黙ってOKとした。 […]

ジープニー・ストライキで思いがけない4連休に右往左往 2017年10月19日