今年は、クリスマスと新年の休みがすべからく土日と重なって、理論的に最も休日の少ないクリスマス・正月になった。そこで、年末も押しせまって、12月26日(火)と1月2日(火)の両方を特別休日とするという大統領令が発行され、それぞれ4連休となった。しかし、これは官庁と学校だけであり、民間企業は、それぞれの会社の判断にゆだねられるとされた。 12月23日(土)通常の休日 12月24日(日)クリスマスイブ(祝日) 12月25日(月)クリスマス(祝日) 12月26日(火)特別休日 12月30日(土)リザールディ(祝日) 12月31日(日)おおみそか(祝日) 1月1日(月)正月(祝日) 1月2日(火)特別休日 例年、クリスマス・正月はビコールの農場に帰るのが慣習となっており、マニラを2週間くらい留守にすることが多かった。キアンも昨年のホリーウイーク以来の農場行きを楽しみにしていた。しかしながら、ママ・ジェーンは、今年はマニラでおとなしくしている、と宣言した。原因は、田舎に帰ると、姻戚一同に大盤振る舞いをしてやる必要があり、昨今の業績不振でその原資がないということらしい。私としては、たまには農場を視察しなければならないと思うのだが、一人で農場ですごすのも辛いものがあり従うしかない。せめてキアンと二人で行きたいとも主張したが相手にされなかった。 マニラにいたらいたで、クリスマス4連休のあと、27、28、29日の平日は、お二人のビザの発行、SRRV申請者の準備、不動産の移転登記依頼、BOCの再認定に関わる準備、銀行ATM交換など、意外と多忙だった。そして、年末年始の4連休は、一転して暇でブログに専念することになった。 我が家の大晦日のご馳走は鉄板焼肉、材料費は500ペソ程度だそうだ、とにかく料理をしなくて良いので手間がかからない 一旦、夕食を終え、夜の12時、再度年越しの食事をとるというのだが、もし私が寝ていたら起こさないでくれと言って部屋にこもった。テレビでは時差のため、ちょっと早めの紅白をやっていた。もともと紅白には興味はないのだが、NHKしか映らないから、選択の余地はない。それよりも、「朝青龍を押し出したら1000万円」に興味があった。スマホで見ようと思ったが有料サイトなのでかなわなかった。朝青龍は日馬富士の暴力問題で最近再び脚光を浴びているが、あの強い横綱の土俵をまた見たいと思う人は多いと思う。朝青龍にせよ日馬富士にせよ、格闘家が暴力問題で追放されるなんて、なんとも解せないところがある。格闘家の頂点に立つものであれば並みの上品な性格を持ち合わせているはずがあるまいと思うのだが。 正月の飾り物は丸い果物と現金、中国風だ 一方、この夜、私が集中していたのが、YAHOOメールのパスワードの回復だ。とにかく、これがわからないと、スマホでYAHOOメールにアクセスすることができない。先日、ためしに入力した連絡用メールアドレス、japandesk@pra.gov.phがOKであったので、ハッキングではなくて、単に私がパスワードを忘れた、という確信があった。それで、思いあたるペットの好物やパスワードを繰り返し入力した。そして、私の新生銀行のインターネット・バンキングで使っているパスワードをいれたら、いつもの「入力したパスワードが違っています」が表示されず、次に進むことができたのだ。おやっと思ったが、苦節一年、ついにパスワードを見つけた瞬間だったのだ。しかも普段使っている別の自分のパスワードという、おでこにつけたメガネを探していたようなものだ。いずれにせよ、声を張り上げたいくらいにうれしかった。 […]

マニラの大晦日 2018年1月2日


天天で不本意の食事を摂ったあと、モール・オブ・エイシアに向かう予定だったが、遠すぎるのと渋滞を懸念して、昨年同様グリーンベルトでお茶を濁すことになった。昨年は正月に出かけていって、初詣の人で一杯だったのだが、晦日は、ミサがないせいか、それほどの人出ではなかった。しかしながら、それなりのクリスマスの飾り付けとで電飾は見もので、クリスマス・新年の気分を盛り上げるには十分な演出だった。目だったのは、相変わらずの西洋人が多かったことだ。それに目をつけた美人局の活動も活発だったに違いないが、どういうわけか私に近づいてくる妙齢のフィリピーナは相変わらす皆無だった。 グリーンベルト2のレストラン街を歩くクッキー、バンドの音楽につい体が動いてしまうらしい。動画  DSCN2412 グロリエッタにあったWATAMIはここに移動していた。自分の名前(和民)を見ると写真をとらずにいられない 外は、暑いというので、ジェーン夫妻はもっぱらモールの中を歩いた。グリーンベルト5そして4には海外の名だたるブランドが軒を連ね、最高級のショッピングモールとなっているが、買い物客は皆無だった。 グリーンベルト5の見事なクリスマス・ツリー 突如、ジェーンが老婦に話しかけて親しそうにしている。なんと、前副大統領、元マカティ市長、ビナイ氏の妻だそうだ グリーンベルト5、4のビルを背景に グリーンベルト4のクリスマスツリーもそれなりに見事だ 中央広場の電飾を背景に 中央の教会(Sto. Nino De Paz Chapel) […]

師走のグリーンベルト2018年1月2日



天天火鍋といえば、かつてマカティアベニューとパサイロードの交差点にあったとき以来、多人数の食事はここと決め、すでに100回以上通ったなじみの店だ。パサイ・ロードの店が閉店して、しばらく見ないでいたら、マカティアベニューのアラヤ・トライアングルの前のAtriumというビルの一階奥に再開されたという情報を得て、飛んでいったところだ。安くてうまくて量が多くて、おまけに早くて健康的という四拍子も五拍子もそろった店だった。パサイロードにあったころは、いつでも満員で日系商社のご用達の人気店で、特に二階の煙席は、いつも日本人で満員だった。 鍋料理の老舗、天天火鍋発見 2015年1月19日 外に出かける時はいつもご機嫌のクッキー 広大なスペースで歩き回るクッキー、ヤヤは吹き抜けの巨大な空間に目が行っている ここしばらくごぶさたしたのだが、暮れも押し迫る12月30日、久しぶりに全員で行ってみた。台湾風シャブシャブで野菜や海鮮が豊富に食べられのでありがたい。キアンは、ここのイカ団子が大好きだ。ヤヤ達やクッキーは初めてだ。ビルの中に入ると巨大な吹き抜けの空間が広がっていて異様な感じさえあるが、相変わらず閑散としている。この原因は、遠くさかのぼる1989年12月、クーデターの舞台になったためなのだろう。そのクーデターは茶番劇だったが、マカティからは人がいなくなって、私が立ち上げた子会社も閉鎖の瀬戸際まで行った大事件だった。ここに来るたびにそんな30年近く前の事件に思いをはせる人は、極少数だろうと思う。 イエス・キリスト抱く聖母マリア様はここでも健在だ まずは、材料の注文だが、うれしいことに最近、是非食したいと思っていたなまこがあった。これは癌にも効くというレアな食品であるという情報を例の生理学の教授のメールマガジンで聞いていた。その他、カンコン、つる紫、もやし、きのこ、イカ団子、かまぼこ、生き海老などなど、他人の好みは無視して健康に良さそうな具材ばかりを選んだ。ジェーンは、いくらなんでもと、それに豆腐と牛肉を追加していた。最後の締めは恒例のオジヤだが、皆満腹で、クッキー用にテイクアウトすることにした。そこで、ご飯をスープで煮た後、その後、何を入れたらいいのかわからなくなってしまった。ジェーンに聞いたら、生卵と教えてくれたが、なにかをやろうとしているのだが、なにも浮かんでこないのだ。いつもなら、前もってオジヤ用のご飯と生卵を注文しておくのだが、それも忘れていた。認知症とはこんなものかと、ちょっとショックだった。 具材は好きに選べるのがうれしい、一皿150ペソ前後だ テーブルを囲んで料理しながら食べる様は、一家だんらんの雰囲気があって、大変好ましい 食事は、いつものように満足のいくもので、クッキーを除く6人で2000ペソと踏んだ。しかし、勘定書きを見ると3500ペソとなっている。いくらなんでも高すぎると思って精査すると、具材は2000ペソ程度なのだが、ドリンク450ペソ(ヤヤが頼んだソフト・ドリンクが案外高い)、オジヤ用の追加のライスと卵が200ペソ、それにわけのわからない200ペソ(後でタレということがわかった)、さらに10%サービスチャージで、倍近い値段に膨らんでしまっている。タレの200ペソは引いてきたが、結局、3200ペソほど払わされ、一人あたり500ペソを越えてしまった。こうなると食べ放題のトンヤン(ジュピター通りTong Yang)に行った方がましで、あそこなら具材は、なんでも取り放題、アイスクリームやジュース/ビールも飲み放題で、キアンも大喜びだ。 パパ・カーネルのビールを口にしようとするクッキー ちなみに先日、皆で食べた韓国レストラン(Seoul Galbi)は10%引きとはいえ全部で1500ペソだったので、いかにここが高いかだ。あるいは、あそこがいかに安かったかだ。次回は韓国レストランにしようと固く誓って店を出た。レストランは、安い、うまい、早い、量が多い、健康的の五拍子そろったところでなければならないというのが私のモットーなのだ。 ドアの外からはしゃいで大声をあげるクッキー […]

久しぶりに天天火鍋で食事 2018年1月1日


2018年1月1日追記:ここ最近、夜、部屋で休んでいるときに再度、パスワードの回復に挑戦した。やることは、再び、思い当たるパスワードを入れてみること、さらにペットの好物を手当たりしだに入れてみることだ。しばらくやると、限度ということでやれなくなってしまうが、そうしたら翌日チャレンジする。そして、昨夜、12月31日に、紅白歌合戦のさなか、ついにアクセスできたのだ。頬をつねってみたが夢ではないようだ。そのパスワードとは、何のことはない、今使っている新生銀行のネットバンキングのパスワードだったのだ。時期的にそれを使うことはありえないという思い込みで試さなかったものだ。 私にとって、2017年、最大のニュースであり、最大の贈り物だった。一時は今のビジネスもそろそろ潮時かと思っていたくらいだから、こうなると、後、5年は頑張らなければならないという気になってきた。一方、Yahooメールが使えなくなるかもしれないという危機感から、G-メールやLINEにも挑戦せざるを得なかったのはとんだメリットでもあった。 12月15日追記:そして、旧知のPRAスタッフにお願いして、japandeskのメールアドレスを探すように頼んだが、結論として不可だった。今のところ、これ以上の手は思いついていない。 12月8日追記:最近、私が、インターネットの達人と称する在比の子育てママさんにヤフーメールのパスワードを探り当てるため事務所にご足労願った。イントラムロスのツアーで、その話をしたら、日を改めてわざわざ事務所においでいただくことになったのだ。ブラウザーはFIREFOXを使っているのだが、私のパソコンの中にヤフーメールを立ち上げた際の入力情報が残っているはずだというのだ。そして、見事にパスワード入力の記録を探り当てたのだ。しかい、不幸にも、私が認識しているものと同じパスワードで、やはり使えない。もし、後からパスワードを変えたとしたら、それはFIREFOXには残っていないのだそうだ。 次にトライしたのは、連絡用のE-メールアドレスだ。何を使ったのか皆目見当が付かなかったのだが、ヒントとして j・・・@p・・・となっている。すぐに思いついたのが、japandesk@pra.gov.ph であり、PRAで働いていたときに使っていたものだ。しかし、このメールアドレスにパスワードないしコードが送られるので、それをあけることができなければ意味がないとあきらめた。 しかし、もしかしたら、PRAに頼んで新たにこのメールアドレスを復活して、ヤフーからのコードを受け取ってもらって、それを入力すればパスワードを回復することができるかもしれない。ためしにjapandeskのアドレスを入力したらヤフーに受け付けられたので、一歩前進だ。ためしにjapandesk宛にメールを送ってみたら、やはり、このアドレスは、もはや登録されていなかった。次はPRAにねじ込んで、japandeskのメールアドレスを復活してもらうことだ。 2003年に今の携帯電話を使い始めて、知らぬ間に14年という歳月が流れてしまった。その間、アップルの i ホンの登場により、スマホにあらずんば携帯にあらずとばかり、日本そしてフィリピンの100%の人がスマホを使っているのではないかと思うほどの状況になっている。私自身、比較的新しいものが好きなので、1990年代、まだ企業の駐在員時代、私が運営を担当していたフィリピン子会社と日本の本社との間に専用回線を引いてLANでつないだり、E-メールにもいち早く対応し、さらに、あの馬鹿でかい当時の携帯も使い始めた。 現在のビジネスでは、E-メールを駆使し、Skypeもいち早く使ってもみたが、携帯はノキアの安物でローマ字や英語でメッセージを送ることに慣れ親しんできた。長電話が苦手な私は、添付書類も自由に送受信ができるE-メールを使って交信することを得意としたが、それがスマホの使用を遅らせる原因にもなったようだ。一方、携帯に限らず、私は、ものもちの良い方で、気に入った道具はとことん使い込む。10年間、使い続けるというのは必ずしも長いほうではなくて、腕時計はシチズンの安物を25年、爪切りはドイツ製の高級品を30年(ただし2個目)使い続けている。 10年以上使いこんだノキアの携帯、価格は1200ペソ程度、小さくてシンプルな機能が返って好ましい チタン製の防水腕時計、シチズン・アテッサ。25年前、ダイクマで9千円ほどで買い求めたが、いまだに故障無し、シンプルでにかく軽いのが魅力だ JA. Henckelと刻印が打たれ、折りたたみ式詰め切り。たたむと極めて薄型のすぐれものだ。30年前にドイツを旅行した際に買ったのだが、10年ほど使って、取っ手が折れてしまい、20年前、部下が出張した折に再度買ってきたもらった。値段は忘れたが数千円はしたと思う […]

ついにスマホを買いました 2017年11月28日、12月8日、12月15日、1月1日追記



毎週、キアンの土曜のピアノのお稽古の後のランチは、すでに3年間欠かさない恒例行事だ。初めはサイカ、そしてはつはな亭、最近は樹海にもっぱら行っている。最初のうちはママ・ジェーンの姪っ子のアレアとアレクサの双子、ビアンカなどを伴ってランチをとっていたが、土曜の昼はサイカに行けば私に会えるとあって、親しくしている若い退職者の家族も子連れで加わることも多かった。先日のクリスマスパーティで旧友と楽しんだキアンは、それを思い出して、T君を是非招待して欲しいとねだってきた。その話を退職者の方にしたら、丁度、その日、はつはな亭で恒例の昼食会があるので、一緒になれるという。大人の集まりだから、どうせT君は退屈してしまうので、キアンと遊んでいたほうが良いだろう、という返事だった。キアンは、大いに喜んで、その日を楽しみにしていた。 キアンとT君は両親とクッキーの登場を迷惑そうに部屋の片隅でスマホに熱中している はつはな亭は、個室が沢山あるので、子供が遊ぶには丁度よい。二人は、それぞれのスマホ/タブレットをもちよって、楽しくやっていた。ランチも半ばを過ぎたとき、ママ・ジェーンから電話がかかってきた。クッキーを連れてジョインしたいというのだ。最近、糖質制限ダイエットに開眼した二人は刺身を注文しておいて欲しいという。刺身定食ではなくて、刺身だけでよいというので、特上の刺身盛合わせを注文してやった。 赤ちゃんはどこでも人気者だ。初登場のクッキーを抱きかかえるおなじみのウエイトレス。皆、キアンとはなじみでキアン・キアンと呼んでいるがクッキーにお株を奪われてしまったようだ ジェーンのDNAを受けついで気の強いクッキーはママ・ジェーンに挑んでいる しばらくしてクッキーを連れてジェーン夫妻がやってきた。畳の部屋(最近は畳が傷んだので木の床になっているが)に掘りごたつというのが珍しくて、大いにはしゃいでいた。キアンとT君は、お構い無しに済みでスマホに明け暮れている。そんな時、ジェーンは食事中だからクッキーの面倒を見ろと罵声が飛ぶ。T君の存在などはお構いなしで、キアンは不機嫌そうにクッキーのお相手をしていた。 特上刺身盛合わせを前にまずは記念撮影   カウンターの寿司バーがめずらしいようだ   はつはな亭が入っているヘラルド・スイート恒例のサンタ・クロース 近い将来、定例ランチに加わるであろう息子の息子、要は孫と嫁(左)、右は妹とその子供

クッキーが恒例の土曜のランチに初参加 2018年1月1日


クッキーが一歳と2ヶ月を迎えて、外出はいつも一緒だ。この日、時間がとれたので冬休み中のキアンとクッキーをたまには外に連れ出してやろうと、26日(火、クリスマス特別休日で休み)朝からママジェーンの許可を待っていた。昨夜、クリスマスを散々楽しんだのか、11時過ぎにようやく睡眠からさめたジェーンから許可をもらって出かける用意が出来た時は、すでに昼に近かった。 幸い、道路はがらがらで、15分足らずにキッザニアに到着した。受付で係の人がヤヤにタガログ語でなにやら質問していたが、どうもクッキーの月齢を聞いていたらしい。ヤヤは正直に14ヶ月と答えたようで、料金は、クッキーも有料で600ペソ、大人が一人770ペソ、二人で1540ペソ、キアンが1100ペソと、休日でもあってかなり高い。合計、3240ペソと聞いてヤヤはびっくり。1歳未満は無料なんだと教えたら、何故それを先に言わないかとむくれていた。 キッザニアといえば、キアンの大好きな遊び場で、City of DreamのDream Playと双璧をなす。両方とも、かなり高いので、二人だけで行くのが通例だが、これからはクッキーもはずすわけには行かないので、ヤヤも含めて費用が倍増するので頭が痛い。久しぶりにキザニア訪問 2017年10月15日 12時を回っていたので、早速、Via Mareというフィリピン料理のレストランに入ったが、こんなところだから、高いだけでお粗末な料理しかない。キアンといえば、早速どこかへ飛んでいってしまったが、集合場所は空港のラウンジと言ってあるので、キアンを見つけるのに一苦労した。ラウンジに行って、係の人に名刺を渡して、子供が私を探していたら、Vila Mareにいると伝えて欲しいと頼んだら、しばらくしてキアンが心配そうな顔をして現れた。ドンボスコ・スクールでは子供に携帯を持たせることを禁止いているが、こんな時は携帯がないと手も足も出ない。ノキアの携帯が机にしまってあるので、早速シムを買って使えるようにして、こんな場合のみキアンに使わせることにした。 Via Mareレストランでご機嫌のクッキー ラウンジは、付き添いの大人が時間をつぶすところで、広々としており、比較的すいているので、赤ちゃん連れには持ってこいだ。食後、しばらくは、ここでクッキーを相手に時間をつぶした。キアンといえば、かって知ったる他人の家で、ここでフライドチキンを食べた後、また、どこかへ飛んでいってしまった。クッキーは広々としたラウンジの中で歩行訓練に余念がない。クッキーの歩行の様子の動画を見て欲しい。DSCN2329 休憩室には大型テレビで漫画映画を楽しむことができる クッキーは私が持参した新聞を興味深げに眺めている いよいよ歩行練習だ […]

クッキーのキッザニア初体験 2018年1月1日



ここのところ、BDO、メトロバンク、Bank of Commerce(BOC)などから、「ATMカードが使えなくなるので、交換に来るように」とのメッセージが、絶え間なく私の携帯に送られ、さらに、通知が郵送されてきている。これは、私の住所や電話番号を使って多くの退職者の方が口座を開いているためで、その方々へのメッセージが送られてくるのだ。通知には宛名があるが、携帯のメッセージにはあて先が無いので、誰に来ているのかわからない。そのため、このブログを通して伝えておくことにした。心当たりの方は、銀行に出向いて新しいカードを受け取って欲しい。 BOCからの通知には12月31日を持って旧カードは使えなくなるとあり、携帯へのメッセージには1月31日が期限となっている。さらに、公式な通知では2月28日となっているが、期限としては特に定めが無いようだ。これに対して、多くの退職者の方から、代理で受け取ってもらえないかとの、問い合わせがあるが、代理受領は、カードと一緒に銀行指定の暗証番号を渡さなければならないので、例え委任状があったとしても、安全上の観点から不可としている。 海外に居住している場合、このためにフィリピンに来ることは現実的でない。BOCのカードは海外では使えないので、いずれフィリピンに来たときに受け取ってほしいとのこと。一方、フィリピン国内で、他の支店でも受け取ることは可能なので、その旨を口座を開設した支店宛にE-メールで申し入れれば、最寄の支店にカードを送付してくれるとのこと。したがって、1.口座名義人、2.口座番号、3.カードを受け取る支店名、を記載して下記に送ってほしい。 klronquillo@bankcom.com.ph etpamintuan@bankcom.com.ph ちなみに今回のカードの変更はBOCに限ったことではなくて、すべて銀行に共通のことのようだ。より安全性の高い、ICチップが入ったカードに変更され、さらに買い物の支払いもできるDebit Cardと呼ばれるもに変更される。ATM端末で現金の払い出しは可能であることは言うまでもない。 新しいBOCのDebit Card Bank of Commerceからの退職者宛の通知 12月31日が期限となっている   […]

ATMカードが使えなくなります 2017年12月31日


ソール韓国レストランで腹ごしらえをしていよいよロックウェルに向かった。ロックウェルはマカティアベニューからブルゴス通りを経てその裏手に広がる高級コンドミニアム街だが、1990年代、発電所跡地の広大なエリアをマカティの飛び地として開発された。ボニファッシオ・グローバル・シティが開発の緒についたのは2000年代、まだ昨今のコンドミニアム・ブームも始まっていなかったので、高級コンドミニアムの名をほしいままに、当時、億ションとして話題を呼んだ。そのため、今回訪問したパワー・プラント・モールという名前は、まさにその名残で、ちなみにロックウェルは元発電所の名称だ。ロックウェルに近づくと、通りの中央分離帯の椰子の木は電飾で飾られ、いやがうえにもクリスマスの雰囲気を盛り上げている。クリスマスの飾り物にいたく興味を示しているクッキーの興奮のほどは想像に難くない。 通りの木々、全てを電飾でかざるという手間のかかることをやっている 電飾だけのクリスマスツリーは単純だが返ってユニークだ 見たこともない周囲の景観に驚きと喜びの歓声を上げるクッキー パワー・プラント・モールに入ってみると、モールのそこいら中が電飾で飾られ、所々に動く動物の模型があって、まさにクッキーには驚きと興奮の連続だ。クリスマスの気分に浸ろうと通路は人であふれ、レストランはどこも満員だ。一方、一般のお店となるとほとんど人は入っておらず、ここを訪れる人々の狙いは電飾と動物の模型で、買い物をする気はもうとうない。我々も一時間以上いて、使ったお金はキアンのアイスクリーム190ペソたけだ。 どこのレストランもクリスマス気分を味わおうとする人々で満員だ 圧巻の電飾クリスマスツリーの前で得意顔のキアン。大きなポシェットにはソニー・タブレットを肌身離さず持っている 廊下も、もみの木と電飾のトンネルになっている 圧巻は、まるで動物園のような動物模型、これらは首や尻尾が動くので、クッキーは生きた動物と勘違いしているに違いない シマウマの模型を前にご機嫌のキアン 自撮りをするヤヤ・グロ(グロリア)に抱かれたクッキーは興奮のためか顔がゆがんでしまっている 歩こうと必死に手を引くクッキーだが、手を離すと転んでしまうのでキアンも必死だ まるで生きているようなライオンに思わず手を触れて確かめるキアン どういうわけかベンツまでが展示されているが、昨年はジャガーだった クッキーは、トナカイの背中に乗った小猿をたたいている […]

ロックウェルの電飾見物2017年12月19日



金曜、PRAのクリスマス・パーティの後、クッキーが喜ぶというのでモール・オブ・エイシア(MOA)の夜景を見に寄ったが、翌日の夜は、マニラ湾沿いのMOAの遊園地でキアンを遊ばせてやろうという話になった。しかし、翌日の土曜は、クリスマス・ギフトの買い物で多忙のジェーン夫妻は、夜半になっても帰宅せず自動的にキャンセルとなった。そのため、日曜こそはMOAに出かけるものとキアンは楽しみにしていた。しかし、直前になって台風の影響で、豪雨が降ると帰宅できなくなるというので、やむおえずロックウエルの電飾見物でお茶を濁すことになった。そして夕食はなじみのソールで韓国焼肉をエンジョイすることになった。 Seoul Galbiはマカティアベニューの店と姉妹店で料理は全く一緒だが、内装はかなり洗練されている 同じビルにはパンとコーヒーの店もあるがこれも韓国系だ すでに夕方6時になっていたので、夕食を先にとることになったが、マカティ・アベニューは混雑しているであろうとのことで、先日、アヤラ・トライアングルの電飾見物で食べ損なった近所の新装開店のソール・韓国レストランに向かった。自宅から5分、エステレリヤ通りとサンパロック通りの角のしゃれた新築のビルの一階にソール(Seoul Galbi)はめでたく開店しており、そこそこ客も入っていた。中に入るやいなやパパ・カーネルはオーナーと思しき韓国人と親しげに挨拶をしていた。ソールが近所に開店したという情報はどうもカーネルの情報らしい。先日、食べ損なった時、ジェーンはキアンを責めていたが、これは八つ当たりのようだ。 かなり広々とした店内で、慣れないウエートレスが急がしそうに走り回っている 一歳をすぎたクッキーはどこへ行くときも一緒だ このソールは、マカティ・アベニューにあるソールの姉妹店であり、オーナーは一緒だそうだ。メニューも一緒なので、迷わず豚肉を2種類、二皿ずつとユッケ鍋を一つ注文した。キアンは、腹が減ったということで、ライスを先に持ってこさせて、実に二杯を醤油で平らげてしまった。そして特別に10%引きとかで、ビール2本を含んで1480ペソ、6人にしては格安だった。同行した二人のヤヤも満足の様子で、ここが我が家の行きつけのレストランになることは間違いない。 韓国料理 SEOULが我が家の定番に復活 2015年12月6日 大人5人に子供二人で、1500ペソで収まったのは大変うれしい 焼肉でもなんでも初体験のクッキーはものめずらしそうに見つめている マカティの中心街からはずれた、ブエンジア通りやパソンタモ通りの外側のエリアに大型のコンドミニアムの建設ラッシュが一段落して、入居が始まっている。それをねらってか、今まで人通りが少なかったところに中華料理、日本料理、そして韓国料理の出店が相次いでいる。したがって、わざわざマカティの中心街やマカティ・スクエアあるいはマカティ・アベニュー/ジュピターのレストラン街に出向く必要がなくなってきた。今まではローカルのちょっと入るのがためらわれる店がほとんどだったが、これら新規開店の店は、外国人でも十分楽しめる本格派だ。これからはこれら自宅周囲のお店を回って紹介しようと考えている。 柴火厨房(Firewood Kitchen)で中華火鍋を満喫 2017年11月27 […]

韓国レストラン・ソールで食事 2017年12月18日


恒例のPRAのクリスマスパーティがPICC(Philippine International Convention Center)で執り行われた。ここはつい最近もサミット会場として使われたところで、大きな会議場がたくさんある。最近のPRAのパーティは、ここでやるのが定番で、広々としていていいのだが、駐車場がないのがたまに傷だ。サミットなどの重要会議では周辺を交通止めにしてしまうので問題はないのだろうが、たかがPRAのクリスマスパーティではそうもいかない。 PRAのデズリーさんからは15人の招待客を割り当てられ、フィリピンで暮らす若い退職者のご家族と、子供、ヤヤ(子守)などで20人近い出席者を確保し、テーブルを2卓ほど確保して欲しいと頼んでおいた。 この日は、PRAは半ドンとなり、スタッフは準備(女性はお化粧と衣装)にいそしんだようだが、その通知を、寸前にPRAの入り口でみつけた時は戦慄が走った。なぜならば、15日、金曜中に退職者のビザを発行しなければならなかったのだ。結局、色々手を尽くして14日、木曜の夕方発行にこぎつけることができたのだが、一時はどうなるものかと気が気ではなかった。クリスマスパーティということで午後3時ごろには閉まってしまうのではないかとは、心していたものの半ドンとは思い切ったことをやるものだ。 PRAの入り口に貼られた半ドンの掲示 師走の週末、金曜日の夕方5時ともなると、足を都合するのが大変だ。自家用車は駐車場に困るし、タクシーもGrabも捕まえようがない。5時の開始に対して、キアンがドンボスコから戻ったのが5時近く、初参加のクッキーのミルクの準備も5時になってもはじまらない。結局、出かける準備が整ったのが5時半、Grabタクシーはとジェーンに聞くと、「ああそうだった」という返事。カーネルもやっとキャンプ・クラミ(国家警察の本庁)を出たばかりとのこと。そして、Grabタクシー待つこと30分、PRAのデズリーさんからは催促の電話は入るし、やきもきして、キアンはもう行くのはいやだと言い始めた。だめもとでタクシーを拾いに外に出たら、運良く目の前で停まって客を降ろすところだった。結局出発は6時を回っていたが、案の定、渋滞で、会場に到着したのは7時近かった。 やっとタクシーに乗り込んで会場に向かうクッキーとキアン。クッキーは夜のネオンに興味深々だった PICCの正面入り口は大きすぎてカメラに収まらない PICCの入り口のロビーの照明はさすがだ 先に到着していたゲストから、逐一連絡が入っていたが、6時半を回っても会場はがらがらだったそうだ。皆さんは、渋滞をみこして4時には家を出たそうだが、結局、招待者の私が一番遅れてしまった。受付は、遅れて到着したゲストで未だにぎわっていたが、顔見知りのスタッフが席に案内してくれた。先に到着した私のゲストはばらばらに座っており、専用のテーブルの確保のお願いについては、何のアクションもなかったようだ。しかし、遅れて来た私の責任なのでいまさら文句を言ってもはじまらない。 この日の衣装のカラーは赤、イントラムロス・ツアーで支給された赤と黒のポロシャツを着て行ったのだが、キアンもほとんど同じデザインのシャツを着て出席した PRAの花、ジェラルディンさんといつものツーショット 会場に入ろうとしたら、丁度式典の始まるところで、まずは国歌斉唱、キアンは入り口で胸に手を当てて国歌を歌っていた。GMの挨拶などが終わると食事なのだが、到着のタイミングとしては絶妙だった。しかし、キアンはお腹がすいたとダダをこねるので、アイスクリームをもらってしのいだ。食事は、いつもにくらべて少々物足らず、クリスピーな揚げ物が無いのでキアンはライスに醤油だけで腹ごしらえをしていた。 […]

PRAクリスマスパーティ開催 2017年12月16日