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マカティスクエア、リトル東京の裏手、クリークサイドの漁火といえば、先日の退去命令の後、いち早く再開にこぎつけた勇気ある日本料理店だ。ここには焼肉・龍苑、居酒屋・星まつりなどが開店しているが、他にも数件のレストランが準備中で、この界隈の日本レストラン街の一角をなしている。駐車場も比較的すいていて、行きやすい。 先日のクリークサイドの退去命令で引越し中の漁火 なんともはや威勢の良い外観だ 店内に入ってまず驚くのがその内装だ。三陸地方の漁港にある故郷のレストランという雰囲気だ。 宮古港といえば、女房の実家のあるところで何か懐かしい こんなのぼりを見るのは何十年ぶりだろうか さしみ五点盛を頼んだが、器の下にはドライアイスがしたためられていて煙がすごい。きっと日本から鮮魚を運ぶときに使ったものだろう。同伴した息子の話では、味噌汁もちゃんとだしをとっていて、うまいとのことだった。刺身は、はつはな亭と樹海と一緒で、十分新鮮でうまかった。数日後、キアンを連れて行ったら、このドライアイスの煙にいたく興味を持った。特別に少し分けてもらって家に持って帰って、コップに入れてヤヤやクッキーに見せたら大うけだった。クッキーも煙にさわろうとしてヤヤが心配したくらいだった。 5点盛の580ペソはちょっと高い、380ペソの刺身セットにしておけば良かった ここの圧巻はメニューの豊富さだ。食事メニューは300ペソ前後で、ご飯と味噌汁のお代わり無料、各種どんぶりもの、そば、うどん、ラーメンからカレーまである。さらに刺身、寿司はもちろん、居酒屋料理から焼肉まで4店舗分の料理がそろっていて、メニューを眺めるだけでも楽しい。よくこれだけの材料をそろえているものだと感心するが、キアンに欠かせないエビフライとアイスクリームもちゃんとある。酒の種類も豊富だ。フィリピーノ同伴でも注文するものに困ることはなさそうだ。      

漁火(いさりび)でランチ 2017年11月20日


11月13日(月)午後一から”Confession”があるから参加してほしいとママジェーンから懇願された。一体、”Confession”とは何なのか聞いても、クリスチャンの儀式というだけで納得のいく答えはかえってこない。辞書で引いてみると”懺悔・告白”という意味だそうだが、一体何をやるのか、クリスチャンでもない私が出席して何の意味があるのか、とにかく客との打ち合わせとぶつかるので出席できないと断った。 しかし、この日、東アジアサミットでアジア・オセアニアの首脳、しかもアメリカのトランプ大統領まで訪比するとあって、首都圏は厳重警戒態勢にあって、パパ・カーネルは朝の4時から出勤して子供の”Confession”どころではない。しかし、この儀式には両親が付き添うのが原則で、キアンが可哀想、父親代わりに出席して欲しいと懇願された。 どうせサミットの3連休でやることもないし、ブログのネタにでもなるだろうと、出席を前向きに考えると約束したが、件の客とコンタクトがとれない。最悪、客が来てから、時間をずらしてもらおうと覚悟を決めた。それでも午前中、連絡を待っていたら、私がタバコを吸いに数分間外に出た瞬間を狙いすましたように固定電話に連絡があった。また電話をするということなので、待つこと2時間、電話を待ち続けたが、昼前に突然やってきた。約束は午後一時だったので、もっけの幸いと、ほっとした。 一時ごろ、ドンボスコ・スクールに行くと、立派な会場が用意されており、2時近くになって人もそろい式がはじまった。一クラス、約30人の生徒が両親に付き添われて、神妙に順番を待つ。そして一人づつ、両親に付き添われて牧師とひそやかになにか話をして、神に祈り、さらに儀式を行う。まさにキアンが赤ん坊の頃におこなったBaptismal(洗礼式)を髣髴とさせ、洗礼式第2弾といった雰囲気だ。 式場に入る前に整列する生徒たち(中央がキアン) 両親に付き添われて順番を待つ生徒たち あとで調べてみると、”Confession”とは、堅信ないし信仰告白と訳され、幼児洗礼を受けた者が自分自身で信仰を言い表すことのできる年齢に達した後に会衆の前で信仰を言い表す儀式だそうだ。これは、キリスト教の7つのサクラメント(秘跡、Sacrament:洗礼、堅信、聖体、告解、終油、叙階、婚姻)の一つで洗礼とともにクリスチャンとして生きていくための重要な儀式の一つとされる。我々日本人にとっては洗礼と婚姻くらいしか知らないが、この堅信も子を持つクリスチャンの親にとっては一大イベントのようだ。 いよいよキアンの順番がやってくると牧師の反応があきらかに異なり、にこやかにキアンに語りかけている。一連の儀式が終わってママ・ジェーンが戻ってくると、得意そうに、牧師が、キアンのことを”My Friend”と親しげに呼んだそうだ。私は、ここぞとばかり、「これぞ、キアンの偉大なタレント(才能)で、大人も虜にする魅力を持っている、だから、ありきたりの子供を扱うようにやたら叱り付けて、そのタレントをそぎ落とさないように」と、ママ・ジェーンに説教した。ちなみに、キアンを取り上げた産科医も数多く取り上げて赤ちゃんの中でもキアンが最もお気に入りの子供だそうだ。そうすると、ママ・ジェーンはこともなげに「それは私のDNA」で、一方、かなりやんちゃで乱暴(マタパン)な妹のクッキーは「私のもう一つのDNA」だとのたまう。たしかにその通りなのだが、キアンが算数に弱いのも彼女のDNAなのだと心の中でつぶやいた 牧師の前で両親とともに挨拶 キアンは牧師に対して信仰について告白する(言うべきことは紙に書いて渡されてある) そして神への祈りを捧げる その後、一連のそれらしき儀式が行われるが、それぞれ宗教的に意味があるそうだ 生徒、30人分の儀式が終わるのは一体何時になるかわからない。退屈したので、私は帰って相撲でも見ることにして学校を後にした。そして夕方は、キアンが無事に堅信式を終えたということで、お祝いの食事会となった。この日は、たまたま、田舎から、おばあちゃん、ママ・ジェーンの長兄ダシン、その娘のバネッサらが来ていたので、息子とその嫁を含めて総勢11人の食事会となった。洗礼式の時は、ルートン・マカオの中華レストランを借り切ってお祝いをしたが、緊縮財政のおり、大分小規模になった。キアンのバブティスマル 2010年10月15日 […]

キアンのCONFESSION-堅信式に参加 2017年11月14日



来る11月29日(水)、PRAは、退職者のためのイントラムロス見学会を催すことになった。イントラムロスはご承知の方も多いと思うが、メトロマニラ唯一ともいえる歴史地区で、サンアガスティン教会など世界遺産として登録された建物などが連なる。今回は、これら歴史建造物をくまなく回る半日ツアーだ。特に、カーサマニラの古風豊かなレストランで民族ショーを見ながらの食事はなかなか経験しがたい一押しの企画だ。わたしもキアンを連れて参加する予定なので是非参加して欲しい。 イントラムロスの街並み 現役の馬車と世界遺産のサン・アガスティン・チャーチ カソリックの総本山、マニラカタデラル フォート・サンチャゴ 参加費は無料、29日午後一時、PRA事務所のあるシティバンク・タワーに集合して、ガイドつきの観光バスで、午後2時に出発する。終了後はバスでマカティまで送り返してもらえる。参加希望の方は、11月17日までに下記の案内に連絡先に申し込んでください。あるいは、志賀に連絡してもらえれば、私が、PRAに申し込んでおきます。バスの座席数とレストランの食事の予約の関係で、事前の予約は必須で、先着順なので、早めに申し込まないと定員に達する恐れがあります。 イントラムロス・ツアーの招待状 ツアー・スケジュール        

PRA主催イントラムロス見学ツアーのご案内2017年11月10日


街はもはやクリスマスの飾り付けに覆われ、いよいよクリスマス・シーズンがやってきた。早速、PRAから、12月15日(金)クリスマス・パーティを開催するので、多くの退職者を招待してほしいとの要請があった。 アヤラ・アベニュー沿いのビルの飾りは目一杯クリスマスを表現している アヤラ通りの中央分離帯は例年イルミネーションで覆われる マカティ・クエアの地下駐車場の料金上のお姉さんのいでたちもクリスマス気分を盛り上げている パーティ好きのGMのことなので、今年もたっぷりの食事でもてないしてくれるだろう。もちろん、GMのカラオケへの拍手のお返しは必須だ。場所は昨年と一緒、かのサミット会場でもあるPICC(Philippine International Convention Center)でマニラ湾の埋立地のスター・シティの隣。創立記念パーティも、ここで、いつもおなじみの場所なのでわかりやすい。昨年のパーティの様子は下記のブログ参照。 PRAクリスマスパーティ 2016年12月18日 クリスマスパーティの招待状 参加希望者は招待状の 連絡先に申し込んでください。仮に申し込みがなかったとしても当日会場へ行って申し込めば問題はない。 SMマカティの入り口の飾りつけ、写真好きのフィリピーノが列を作ってなかなか順番が回ってこない 会場はいつものPICCサミットホールだ  

PRAクリスマスパーティへのお誘い 2017年11月10日



公文をやめて一ヶ月経過して、キアン(というか私)の算数との取り組みに難儀している。とにもかくにもキアンが勉強嫌いで、机に向かわないのだ。アイスクリームの褒美やらでなだめすかしたり、問題集の回答にどれだけ時間がかかったか測定して競わすなどの工夫をしたり、なんとか興味を持てるようにしている。まずは、教科書に添って足し算と引き算の一桁と二桁の計算の復習、一桁の掛け算(九九)と二桁の掛け算へと駒を進めるのだが、弱点は繰り下がりのある引き算と九九の暗記だ(例えば23-5は十の位から一を借りて(10-5)+3=5+3=8として、(20-10)+8=18となるが、この10を借りてくるというメカニズムがなかなか身についておらず、ちょっと油断すると、逆に5から3を引いて、答えが22になったしまう)。そして相変わらず、一桁の足し算と引き算では左手の指がもごもごと動く。それが癖なのかどうかわからないが、文句を言うと私に手を握って指を動かないようにしてくれと頼んでくる。 学校の教科書に取り組むキアンだが、その根気は5分と持たない 掛け算は指では計算できないので記憶していないとお手上げで、繰り返しでなんとか6の掛け算まで記憶した。そうなると、7、8、9だが、これは7x7以上だけをおぼえさせて7x6以下は覚えなくて良いと、かなり負担を減らしてやった。7x6以下は数字を反対にして6x7とすればよいのであって、私自身7x6=?聞かれてもとっさに答えられず、頭の中で6x7に返還して答えを探しているのだ。そうこうしているうちに今度はキアンは4の掛け算を忘れてしまっている。日本式の九九を歌うように繰り返しておぼえるのがよいと思うのだが、いまさら数字を日本語で教えるのはあまりにもめんどうだ。一方、学校ではすでに割り算の勉強を開始しているのに、公文に通って2年半、ほっておいても数字に強い子になるものと信じていたのが大失敗だった。このままでは、極普通の数字に弱いフィリピン人となってしまうと危機感がつのる。 パソコンが使えないとやることがないとぐずるので、マカティスクエアの中古本屋で本を買って与えたら、喜んで読んでいた ママ・ジェーンのペナルティとしてパソコンを終日禁止されて「子供向け何でも質問百科」を買ってやった。私にはちょっと読みこなせない内容だが、すらすらと読んでいる。テレビでアメリカ製の漫画を見ていても100%理解できるそうで、英語のヒアリングと読解力ではすでに私を凌駕している。英語にはこれほどの能力を示すのに、何故数字には弱いのか、謎は深まるばかりだ 教科書では、一桁の足し算や引き算(指を使わないでの暗算)、さらに九九もママならないうちに二桁、三桁の計算に進んで行っている。日本のように九九を生徒全員で合唱するような教育はしていないのだろうか。2年ほど前、キアンが公文に通い始めた頃、公文の宿題を農場に持っていって従兄弟たちと競わせたら、いとこ達の指が一斉に動き始めたことにびくりしたことがある。彼らはすでに小学校の高学年だったのだが、かれらの四則演算の計算原理は未だに指折りなのだ。アフリカの原住民は、両手両足の指の数の合計の20までしか数えられないと、昔、聞いたことがあるが、まさにそれに近い世界だ。この指折りを克服しなければ、九九以降の算数は闇の世界に違いない。 10月末、街はハロウインでにぎわったが、どういうわけか、私が住んでいるコンドミニアムではパーティは見送られた ちなみにフィリピン人に九九をやらせても、間違いなくすらすらと言える人は少数派であろう。プラス・マイナスは指で出来ても掛け算となると指の数が足りない。九九で壁にぶつかったフィリピン人は一生、数字にはそっぽを向く人生とならざるをえないが、最近は計算機があるので、なんとか生き延びることができているのだろう。息子の話によると田舎のマーケットに買い物に行って、一キロ35ペソの米を10kg買ってそれがいくらになるか同行したフィリピーノが計算できなかったので愕然としたことがあるそうだ。なんと35x10=350の計算ができなかったのだが、これはフィリピンでは必ずしも特別なことではない。 アラバンのオハナ・コンドミニアムにキアンを同行させたが、ソレイア以来のプール遊びを満喫していた DMCIが開発するコンドミニアムは中央にゆったりしたプールを配置したリゾート風で人気が高い プールサイドの集会場ではハロウインパーティの真っ最中だった キアンの集中力は5分ともたず、1ページの計算をこなすと休憩と言ってテレビを5分見る。そんなことの繰り返しだが、30分もたつとブレーキがかかってしまう。勉強に飽きて全くやる気を失ってしまうのだ。そこで考え出したのが、パソコン・ゲーム券だ。一時間勉強するとパソコン・ゲーム券が与えられて、パソコンで2時間、遊ぶ権利が与えられる。これでママ・ジェーンのその時の気分でパソコンを禁止されるのではなく、自分自身の努力でパソコンで遊ぶ権利を獲得することができるという仕組みだ。 歯が少し生え始めたクッキーは食欲旺盛でバーベキューにもかじりつく このパソコンゲーム券に対する期待は大きくて、学校から帰るなりゲーム券は準備できているか、早く、算数の勉強をしようと催促してくるくらいだった。今までは、ママ・ジェーンの鶴の一声で決定していたものが、自分の力で獲得できるとなると、自主性の高揚に大いに役立ちそうだ。私としても、今までのやる気のない生徒を相手にするよりもはるかにやりがいがあるというものだ。ママ・ジェーンとしてもパソコンを許可する明確な判断基準ができて、しかも子供の学力が向上に寄与するとなると、まさに一石二鳥、三鳥の優れものだ。 クッキーはどういうわけか従姉妹のアティ・バネサが嫌いで、近づくと顔をたたいたり髪を引っ張っていじめる […]

キアンのパソコン・ゲーム券の効用 2017年11月7日


しばらく前、ヒアリが日本に上陸したと大騒ぎになった。そのヒアリと思われるアリがビコールの農場にもいたのだ。東南アジアでは珍しくもないアリだそうだがその攻撃力は、すさまじいものがある。 子供の頃、赤アリと呼んでいた小さ目のアリの一種だが、大きな黒アリが赤アリに遭遇すると黒アリが飛んで逃げる様を観察したことがある 十数年前、まだ、ビコールの農場を開発中のことだが、素足にサンダルで畑に入ったら、小さなアリが足に這い上がってきた。不注意にもアリ塚を踏んづけてしまったのだ。その瞬間、足に衝撃が走った。あわてて振り払ったが、数箇所噛まれてしまった。たいしたことはあるまいと、たかを括っていたが、その後、足全体が腫れ上がって、数日後には歩くことさえ出来なくなってしまった。抗生物質を呑んで腫れは引き始めたが、それ以来、畑には決して素足をさらけ出して踏み入ることはないよう肝に銘じた。 幸いなことにこのアリが家の中に入り込んでくることはなく、生活圏で遭遇することはない。一方、地元の人間がこのアリに噛まれたという話も聞かない。ヒアリの話を息子にしたら、数年前、息子もこのアリの攻撃を受けてひどいめにあったそうだ。ヒアリが世間を騒がせている折、探してもらったのが下の写真だ。ヒアリに噛まれた経験というも日本人にとっては貴重な体験に違いない。 ヒアリに噛まれた息子の足 

ヒアリの恐怖 2017年11月5日



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昨年10月、クッキーが誕生するころ、肩にできたこぶの切除の手術を行った。ちょっと膨らんでいるだけで、痛くも痒くもないのでほっとおいたのだが、ママ・ジェーンのたっての勧めで、しかも知り合いの整形外科の大家が只でやってくれると言うので、手術に踏み切った。手術そのものはどうってことはなかったのだが、その後の傷跡の治癒に大変な思いをした。 糖尿病を抱えていると、手術が大変難しいそうで、事前に血糖値の検査を行い、OKが出た。傷口も数週間もすればふさがるはずだった。しかし、膿んでいるわけではないのだが、皮ができず、傷口が開いたままの状態が、半年位続いた。件の医師もさじを投げて、サード・オピニオンということで日本人クリニックに行った。傷口を洗って、消毒薬で消毒して、軟膏を塗って大型のバンドエイドでふさぎ、2日に一回交換し、さらに一週間ほど抗生物質をとる。やることは一緒だが、医者が首を傾げるほど傷口が回復しない。傷口からはかなりの体液が浸み出てくるが、膿んでいるわけでも傷口が深くなるわけでもない、小康状態が延々と続いた。 傷口がふさがって、ついに回復の兆しが見えた。ここまで来ればしめたものだ 正月、そしてホリーウイークに農場で滞在した際は、マロンガイの葉の汁を塗りつけ、かさぶたを作ったりする民間療法も試みたが、結果は思わしくなかった。件の手術をした医師は心配してジェーンに様子を聞いてくるが、へたをすると手術跡をえぐり取る再手術が必要になると脅かす。年のせいで免疫力、回復力が落ちているのかと思ったが、日本人クリニックの医者は、そんなことはないと言う。そうなったら年寄りは一切手術ができないことになってしまうことになってしまうと言っていた。 こんな大型バンドエイドを一年近くも貼っていたのだが、これが取れる日は永久に来ないものだとあきらめ始めていた そこで一大決心をしたのが、断酒だ。酒を飲むと抗生物質も効かず、傷の回復も遅れるという。糖尿病も免疫力が落ちて傷がなおらないそうだ。生活習慣を正して、ひたすら根気良く回復を待つ、これしかない。しばらくしたら傷口が皮で覆われ始めて、みるみる小さくなっていったのだ。そして苦節、11ヶ月、一周年目前でバンドエイドを取ることができた。一方、2月の名古屋出張以来悩まされていた便秘も8月あたりからいつの間にか消えて、快食快便が続いている。 傷口もまったくふさがって完治の日が近い しかし、一難去ってまた一難、7月ごろ、今度は突如として指が痛くなった。初めは就寝中に手がしびれて、目が覚めるほどになった。しばらくしたら、痺れは治まってきたものの、右手の中指、左手の小指と薬指、それに親指が痛い。そのためこぶしが握れず、そらすこともできないくて、物を持つのが難儀になってしまった。強くこぶしを握ると自力で指を伸ばすことができず、無理に伸ばすとパキンと跳ね上がる。古希の祝いということで日本に帰った時、女房がこれは「はね指」だと教えてくれた。年をとるのはめでたくても、今まで経験したことがないような体の不具合が出てくるのは、身体の耐用年数を迎えつつある年寄りの宿命ともいえるのだろうか。 折り曲げた薬指を自力で伸ばすことができず、別の手で跳ね上げてやらねばならない 指が痛いということで、手を使わないでいると、関節が固まってしまうのではないかと心配して、指を動かすように心がけた。それを聞いていた孫娘が、あとから卵のような形をした水風船を送ってきてくれた。これを握る運動をするという良いというわけだ。ちなみに伸ばせなくなった指を跳ね上げるのがキアンはなぜか大好きだ。しかし、後から女房が調べて、はね指は動かしてはいけないそうだと言ってきた。 握り卵とでも言うのだろうか、ふにゃふにゃの手触りの変わったおもちゃだ フィリピンで整体師などはいないので、一体誰に相談したらよいのかわからない。あてずっぽうでマカティ・メディカルの受付で聞いてみたら、Hand Specialist の Tacata先生を紹介してくれた。飛び込みなので、待つこと2時間、先生はちょっと手に触れてみて、直ちに「トリガー・フィンガー(引き金指)」と診断した。朝から、5人ほどの患者の治療を行ったそうで、ひざの関節と一緒で、痛みは、加齢で軟骨が磨り減ったためたと説明してくれた。まずは、試しに右手の中指に注射をして、結果がよかったら2週間後に左手を治療することになった。注射一本の治療代は3800ペソ、これは無保険の値段だ。ちなみに何を注射したかは、説明を聞いてもよくわからなかったが、痛み止めではなくて、関節の軟骨の修復をするらしい。 […]

肩の傷とはね指 2017年11月4日


10月25日、ついにクッキーも一歳の誕生日を迎えた。6年前のキアンの誕生会とは雲泥の差はあるものの(ブログ参照)、何もないのでは可哀想と、息子夫婦を招いて内輪だけのささやかな誕生パーティを開催した。「KIANの誕生会 2011年4月2日 KIANの誕生会 パート2 2011年5月14日」 第一子、しかも男の子(キアン)と比べて、第二子の女の子なるとやはり両親の扱いも大分違うようだ。 カーネル一家(右)と息子夫婦(左、2ヶ月の赤ちゃんは不参加) 料理はパパ・カーネル特製のパンシットにチキンのから揚げと質素なものだが、ケーキは特製だそうだ こんな時に愚痴をこぼしても仕方が無いが、昨今の退職ビザ発行の極端な遅れから申請者数が激減した上、主要な収入源であるPRAのマーケッター・フィーの支払いに4ヶ月以上かかるというていたらくに、我々マーケッターは瀕死の状況にある。そんなわけで、情けないことにクッキーの誕生会にかける原資が捻出できないのだ。  ちなみにクッキーの体重は丁度10kg、キアンは13.5kgだったが、写真を見返してみると大分重量感に違いがある 左の子はママ・ジェーンの長兄の長女、要は最年長の姪っ子で、現在マニラで働いている当家の居候だ それでも、ママ・ジェーンの予定あるいは希望、強いては願いはやまず、近いうちにパパ・カーネルの昇進祝いとクッキーの一歳の誕生パーティ、さらに洗礼式(Baptismal)を兼ねて、盛大なパーティを催すそうだ。予算はとたずねると30万ペソだという。これは中堅サラリーマンの年収にあたるが、一体原資はどうするのかという問いに、バハラナ(なるようになる)という答えが返ってくる。全く収入の当てがなくても、使う計画だけは先行するのが、フィリピーナだ。金が入ったら即、計画を実行し、金がなければ、やらないだけで、ノー・プロブレムなのだが、そこに預金をするという発想のつけいる隙はない。 キアンの赤ちゃんのころと瓜二つのクッキー、キアンも比べてみるとたくましいボーイになっている さらに、来年、パパ・カーネルが研修で一ヶ月間、日本への出張話が持ち上がった。そこで、一家で一週間ほど日本旅行に行こう/行きたいという話まで持ち上がってきた。ガイドとして私も同行するようにとのリクエストまである。そうなると、大人二人、子供二人で、航空券、宿泊、食事、観光、交通費など、安く見積もっても30万円ほどの費用はかたいだろう。この原資をどうしたらいいのか、当てもないままに話だけが一人歩きし始めている。このための準備かどうか知らないが、前回名古屋に行ったおり、ママ・ジェーンは自分とキアンの日本行きビザをマルチで取っておいたというから、驚きだ。 細長い一本のロウソクの火を灯しても何をしていいのかまだわからないクッキー、それでもなんとなくはしゃいでいた

クッキーの一歳の誕生日2017年10月28日



10月16日(月)早朝、下記の懸案事項を片付けなければならないと張り切っていた。 ①退職者からのとっくに届くはずの急ぎの郵便物が届いていないので郵便局に問い合わせ、受け取りに行かなければならない。 ②急ぎの書類を日本に発送しなければならない。 ③産休明けで戻ってくる銀行支店長に相続のための大量の書類を提出し、残高証明を発行してもらわなければならない。 朝刊を見ると、「きょうジプニースト 全国で休校、市場も閉鎖へ、」と2面に出ている。理由は「排ガス規制や電気自動車化を促進する車両近代化政策廃止を訴え」、とあるが、目を疑ったのが、「政府機関を休業する」、というくだりだ。あわててママ・ジェーンに確認するとその通りで、テレビのニュースでやっていたという。いつも6時には家を出るキアンも学校に行かないでまだ就寝中だ。そうなると、郵便局は、政府機関だから当然休み、さらに銀行もあやしい。この突然のれが時間的制約のある仕事をしている者にとってフィリピンの怖いところだ。 夕方になるとタクシーをつかまえるのが至難の業で、そんな時頼りになるのがジープニーだ 学校はともかく、政府機関も、台風が来ると休み、APECで休み、法王が来ると休み、ストがあると休みと、ことあるごとに予定外の休みになってしまう。職員にとってはジープニーという主要な交通手段が無いということで休みになるのはありがたいだろうが、代替の交通手段もあるはずで、決して出勤できないはずはない。その証拠に民間企業は、休みにするかしないかは、その企業の判断に任されている。ちなみに、キアンの通うドンボスコ・スクールでは、月曜の期末試験の予定を急遽、前の週の土曜に変更して、ピアノのレッスンとぶつかってしまい、てんてこ舞いさせられたが、これで謎が解けた。今週末から期末休みになるので、試験の予定を後ろにずらすことができなかったのだ。いずれにせよ、手の打ちようが無いので、この日はブログを書くなどして時間をつぶした。 ストライキの後、18日(水)、何事もなかったようにジープニーは庶民を乗せて街を走る そして翌日火曜日(17日)、朝刊を開けると「ジプニースト、きょうも続行」とある。ただ、「休校や休業は行われない」とあるので、安心した。しかし、ママ・ジェーンによると学校も政府機関も休みだという。その証拠にキアンはやはり就寝中だ。それで、一方、①の到着を待ちわびている書類はFEDEXで再送したという連絡がありけりがついた。月曜に発送して火曜の昼には到着したが、さすがFEDEXだ。ちなみに件の書類は、翌水曜に届いたのだが、郵便局の書留で送ったそうで、2週間かかってしまった。②の書類の発送に関しては、郵便局がだめならFEDEXを使うようママ・ジェーンに依頼した。しかし、ママ・ジェーンからFEDEXも閉店していると連絡があり、ならばDHLで発送することもトライしたが、この日は結局送れずじまいになってしまった。 マヨン火山の噴火で非難した人々が山へ帰るときもジープニーの出番だ そして18日(水)、満を持して①、②、③にけりをつけるべく臨んだ。①の書類は、年金証書の翻訳を比外務省(DFA)で認証するための委任状(SPA)だったのだが、FEDEXでとどいた書類を持ってPRAに赴き、担当者を呼んでもらったら、担当者は先週末で辞めてしまったといのうのだ。ジープニー・ストの影響でもあるまいが、代わりの人が出てきたが、まだ、交代のものが決まっておらず、DFAの認証は受け付けられないと告げられた。例え交代者が決まってもSPAには前の担当者の名前が入っていてせっかく苦労して入手したSPAが使いものにならず、万事休すだ。こうなったら、退職者がフィリピンに来てから新しいSPAにサインしてもらって、私自らがDFAに認証を受けに行かなければならないが、その分、申請が遅れることになってしまう。 田舎のジープニーはけばけばしく、なぜかどの車もベンツのエンブレムをつけている 一方、②の書類の発送には住所以外に電話番号が必要との連絡がジェーンから入った。その時、すでにキアンの出迎えに出ていて、さらにピアノのレッスンに付き添っていたので、外で、E-メールを開けて電話番号を調べなければならない。しかし、不運は重なるもので手持ちのタブレットの充電に不具合があってバッテリーが空で使えない。前日、キアンには充電できないので使うなと指示をしていたのだが、携帯ゲームで遊んでバッテリーが空になっていた。なじみの携帯屋さんに持ちこんでもすぐさま修理するといっても時間がかかる。しかもこのとき、ポケットWifiが家に置き忘れ、インターネットも使えない。すでに2日間も送れずにいたので、これ以上発送を遅らせるわけにはいかない。そこでキアンのレッスン中に抜け出して、事務所に戻ることにした。 パソンタモ通りは大雨が降るとすぐに道路冠水が発生するが、多少の水ももろともせずジープニーが駆け抜ける ようやくタクシーを見つけて、事務所に戻ってE-メールをあけて電話番号をジェーンに携帯で知らせようとしたら、その瞬間に別の退職者から電話がかかってきた。ほとんどパニック状態で、失礼ながら話もしないで電話を切って、無事にジェーンに電話番号を連絡することができた。これで一件落着だが、マカティ・スクエアのピアノ教室に戻るタクシーで、70ペソのところを、ちょっとおごって100ペソを支払おうと1000ペソ出したら、お釣りを800ペソしかよこさない。頭にきたが、爆発してしまいそうなので、黙ってOKとした。 […]

ジープニー・ストライキで思いがけない4連休に右往左往 2017年10月19日


最近はリトル東京という名前の方が通りがよいが、その隣のマカティ・(シネマ)・スクエアは空手などのスポーツ教室や音楽教室、それに沢山の携帯ショップがあって、私にとってはなじみの深い庶民的モールだ。週三回のキアンの出迎えで、午後、ドンボスコ・スクールに車で向かうのだが、最近、ウオーター・マートの駐車場がいつも満車で、しかもクリーク・サイドの駐車場が閉鎖されて使えない。仕方なく、はじめてマカティ・スクエアの地下駐車場を利用した。地下3階の駐車場から上がっていくと、地下2階のショッピングモールが大変興味深いものであることを再認識した。一方、ここの半分くらいのスペースを占めていた超庶民的デパートが、ここ一年ほど閉鎖されていたが、現在改装中で再開されることが期待される。 まずは地下2階、ここは射撃場があるせいか、その階には本物の銃を売っている店が軒を連ねる。また、その関連グッズを売る店が並んで、バッグ、衣類、ナイフ、などすべてミリタリーないしポリス仕立てだ。さらに、車や真空管のアンプやレコードプレーヤーなど愛好家にはよだれの的だろう。 なんといってもこんな街中に射撃場があるというのが驚きだ。 射撃場の反対側にはアーチェリーの練習場まである ショーウインドーにそれとなく並べられているピストルはすべて本物だ ミリタリー/ポリス・グッズが豊富に陳列されている ナイフ等のサバイバルグッズも豊富だ  マニア向けの人形たち  車やバイクの模型もマニャックだ 最近日本でもブームとなっている、なつかしのレコードプレーヤー 真空管アンプも健在だ 地下一階は、一般庶民むけの品揃えで、おもちゃ、アクションカメラ、古着(Ukai Ukai)、スナック屋台、古風なレストランなどが並んでいる。かつて軒を並べていた海賊版のDVDを売る店は、ほとんど姿を消した。しかし、日本人と見ると、あちらこちらから、DVD、DVDと声をかけてくる。興味を示すと店の奥から出してくるのだが、どうも表向きには販売できないらしい。ちなみに大分前に買い求めたアダルトビデオは、すべてぼかしの入っていない無修正版だった。 ちょっとマニャックなおもちゃ屋さん たこ焼きがたくやきになっている […]

マカティ・スクエアはマニアと庶民の買い物どころ 2017年10月16日